土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「平気です。病院には死が眠っているというのが、現実なんですね」
巌雄はフン、と鼻先で笑って、腕を組む。
「少し見直した。これが医療の現実だ。誰でも死の前には平等だが死に際し誰もが平等に扱われるわけではない。だからワシは、せめて桜宮では誰でも等しく扱いたい、と思っている」
最後の言葉は、自分に言い聞かせているかのようだった。
「だがな、これしきでひびるな。医学とは屍肉を喰らって生き永らえてきた。クソッタレの学問だ。お前にはそこから理解を始めてもらいたい。医学の底の底から、な」
巌雄の言葉が、僕の想念と同期(シンクロ)した。巌雄の言葉は、僕が真っ直ぐに道を追い続けてていれば、いつか僕の目の前に立ち塞がるであろう未来の壁を、一足先に垣間見せてくれたのかもしれない。
巌雄は僕の瞳の底を覗き込む。
「人は誰でも知らないうちに他人を傷つけている。存在するということは、誰かを傷つける、ということと同じだ。だから、無意識の鈍感さよりは、意図された悪意の方がまだマシなのかもしれない。このことがわからないうちは、そいつはまだガキだ」
僕には唐突な巌雄の呟きの文脈が理解できず、またその言葉が孕む不可知の重さを支えることもできなかった。
海堂尊『螺鈿迷宮』十章 屍体の森 本文 桜宮巌雄 天馬大吉 より
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