土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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小百合の計画は着々と進行している。それは私にとって望ましくない結末に突き進んでいるということだ。危惧した私は東京行きの翌日、兄を呼び出し封筒を手渡した。
「これを東城大Aiセンターの責任者に渡してほしいの」
閉じられていない封筒を開けた兄は目をみはる。
「お前たちって本当にねじくれてるな。ねじれ方が左巻きか、右巻きかが違うだけだ」
城崎に手渡した手紙の本文はただ一行しかなかった。
『八の月、東城大とケルベロスの塔を破壊する』
それはAiセンターへの愛をこめたラブレターだった。たったこれだけの文章を書き上げるために、街角で拾った古新聞の束から文字を拾い出すのに一晩もかかったのだから。
「これは会心作よ。こうして予告すれば、東城大の警戒心を喚起して小百合の邪魔になるし、ケルベロスという隠語を使えば、身内の造反と思わせられて仲間割れだって期待できるし、一年後の八月に遂行せればブラフでもなくなるわけだし、ね」
「ほんと、いい性格してるよ、お前たちは」
「いちいち“お前たち”って小百合とひとまとめにしないで。なんかムカつく」
「悪い悪い。深い意味はないのさ。でもお前と小百合を足し引きすれば、どちらかがこの世界に実在できなくなるから、あちこちに痕跡を残すのはよくないんじゃないか?」
「それって、私に冥界に帰れっていう意味?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
生まれついての八方美人の兄、城崎亮は、ごにょごにょと言う。
わかってる。気のいい兄はきっぱりと言い返されると、それ以上何も言えなくなってしまう。本当に気がかりなことは決して口にはしない。兄は昔からそんなヤツだった。そして私は、そんな兄が愛おしくてたまらなかった。
海堂尊『輝天炎上』第三部 透明な声 03 魔窟 本文 桜宮すみれ 城崎亮 より
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