土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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いくら人格者といえども、自分の半分くらいの年齢の小娘にそこまで言われたらブチ切れて当然だ。だがプリティ清川の人格者っぷりときたら、常識の範疇を超えていた。
穏やかな口調に微塵の乱れも見せずに言う。
「そうではない。少なくとも私にその考えを叩き込んだ先生は腰抜けではなかった」
「誰ですか、その人は?」
清川教授は僕の目をのぞきこんで、臟腑をえぐるように言った。
「碧翠院桜宮病院の桜宮巌雄院長だよ」
反射的に僕は叫ぶ。でも冷泉より年を取っている分、その叫びを心の中で押しとどめるという嗜みはある。だけど心中の罵倒は、冷泉よりも辛辣だ。
隣では冷泉が、清川教授の判断の誤りについて、そして自分の判断を考慮しない学術的姿勢について糾弾し続けている。その時、彦根先生の言葉が煌めいた。
----百人には百の信念があるように百人いれば百の真実がある。
この時にやっと、彦根先生の言葉の真意が理解できた気がした。
清川先生は、巌雄先生からひとつの言葉を受け取った。そして、その言葉をロザリオみたいに、胸に抱きしめて生きてきた。だとしたらそれもまたひとつの真実なのだ。
清川先生が凍結保存していた言葉は、僕が受け取った言葉とは正反対に思えたけど、案外、僕のロザリオを裏返してみたら、ぴったり重なるかもしれない。
それは光と闇の伝説に似ている。
光には分かちがたく闇がよりそう。だが闇は違う。闇は闇のまま、あまねく存在する。ただ、闇の存在を明らかにするには光が必要になるだけだ。
巌雄先生の言葉は闇の真理だ。光を当てても切り取れる部分はひとかけらにすぎない。だとしたらそのかけらのどちらが正しいかと言い争っても意味はない。
海堂尊『輝天炎上』14章 プリティ清川、再び 本文 天馬大吉 冷泉深雪 清川司郎 彦根新吾 より
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