土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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茉莉亜は小さく咳き込んだ。白いハンカチで口元を押さえ、うつむいている。
やがて顔を上げると、掠れた声で言う。
「あなたの行く手を阻むのは、すみれちゃんよ。気をつけてね」
小百合は優雅にお辞儀をする。
「ありがとうございます。せっかくのご忠告ですけど的外れです。すみれは碧翠院の火事で焼け死んでしまったんですから」
「それならすみれちゃんの思念に気をつけなさない。今でもあなたの周りにまとわりついているわ」
小百合は白いマスクの下で微笑する。
「叔母さま、私はオカルトは信じないんですよ」
「あら、私もよ」
茉莉亜の笑い声が響いた。それから深々とした息を吐いた。
「さあ、用が済んだら、さっさと帰りなさい」
「そうします。なんだか急き立てられているみたいでさみしいですね」
「それくらい我慢しなさい。あなたが久広に何をしたのか、私は知ってるのよ。それでもこれだけお話ししてあげたのだから、感謝してほしいわ」
小百合の、マスクの下の頬が青ざめる。
「どうして、そのことを……」
その問いに答える代わりに、茉莉亜の、凛とした声が部屋に響いた。
「理恵先生、お客さまはお帰りよ。お清めの塩を持ってきて頂戴」
海堂尊『輝天炎上』20章 羽化 本文 桜宮小百合 三枝茉莉亜 より
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