土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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田口先生は僕を見つめいたが、静かに僕の肩に手を置いた。
「天馬君、君は正しい。私は医者としては失格かもしれない」
そう言い残し、田口先生は静かに部屋を出て行った。僕は机に突っ伏した。
(略)
看護師が近寄ってきた。美智の担当でベッドサイド・ラーニングの時にたいそう世話になった人、さっきも美智の傍らで、的確な指示を出し続けてくれた女性だ。僕と年齢はそんなに変わらないのに、病棟では中堅どころを狙っている。
「このカルテを読んでみてください。田口先生の、不定愁訴外来専用のカルテです」
彼女が手にしていたのは、さっきまで田口先生が書き綴っていたものだった。
カルテを開いた途端、紙面から文字があふれ出し、膨大な記述の中から美智が浮かび上がる。悪態が正確に書き留められている。僕のベッドサイド・ラーニングの様子も描写されていたが、思わず赤面したくなるくらいの忠実さと正確さだった。
そこに田口先生の姿はない。ただひたすら、美智の言葉が書き留められていた。
そこに美智がいた。
美智は僕の手の中で命を失った。だけどそのぬくもりは今も手の中に残ってる。同じように、美智はここにいて、今でもこのカルテの中で息づいていた。
罵倒の言葉が羅列されている中に、一粒の真珠が交じっていた。
-----天馬は必ず、立派な医者になろうもん。
医療はここまでできるものか。
海堂尊『輝天炎上』17章 医学のチカラ 本文 天馬大吉 田口公平 高原美智 看護師 より
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