土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「もちろんその通りだし、世界は概ねそんな風になってるらしい。僕にとってサイアクの事態が今の、真実がふたつあるという状況だ。まあサイアクといってもその程度なんだけど」
こともなげに言う彦根先生の顔を、僕たちは黙って見つめるしかなかった。
やがて冷泉は、思い切った口調で尋ねる。
「どうして彦根先生は、そんな風に達観していられるんですか?」
すると彦根先生は、眼を細めて笑う。
「それが現実だからさ。現実に向かって物事を変えようとするよりも、現実に即して動いた方が効率がいい。これは学生時代に会得した、合気道の極意なんだけどね
すると冷泉は眼を見開いて尋ね返す。
「え?彦根先生も合気道部だったんですか?」
次の瞬間、怒濤のような冷泉深雪の言葉が飛び出してくるぞ、と僕は身構えた。ところが意外にも、冷泉は無言だった。ただ、彦根先生を凝視し続けていた。その時、僕は初めて、無言というのは最高の賛辞なのだということを思い知らされたのだった。
海堂尊『輝天炎上』11章 房総救命救急センター・彦根新吾医長 本文 天馬大吉 冷泉深雪 彦根新吾 より
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