土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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その時、草原の果てにタクシーが停まり、男性がふたり乗り込んだ。目を凝らすと、背広姿の男性はどこかで見たことある風貌だったが。思い出す間もなくもう片方の銀縁眼鏡の男性に意識が集中した。遠くからタクシーが近づき、俺たちの側を土埃を舞い上げて走り抜ける。車を止めようと手を挙げたが間に合わず、タクシーは俺の目の前を走り去って行った。
俺は呆然としたが、隣に佇む高階病院長の衝撃の方が俺よりはるかに大きいようだった。
「あの人が……いや、まさか」
やがて気を取り直した高階病院長は、午後の日差しに鈍く輝く海原を見つめて言う。
「昔、この地に桜の木を植えようとした人がいました。だが私は、その苗木を引っこ抜いてしてまった。あの時の自分の行為を、私はいまだに責め続けています……」
振り返り、建設中の建物を見上げる。
「時は流れ、その私が因縁の地に、まさに桜の木を植えようとしている。果たしてこれは根付くのでしょうか。いずれにしても、時の流れが私を断罪することでしょう」
高階病院長の呟きが、草原のざわめきに溶けていく。
海堂尊『アリアドネの弾丸』6章 桜宮岬の邂逅 本文 田口公平 高階権太 より
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