土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
通報 |
突然、病院長室の扉が開いた。
あわてて居住まいを正そうとするが、間に合わない。俺は、行儀悪くソファに沈み込み、足を長々と机に投げ出していた。
まったく、この人はいつも唐突に現れるから困るんだよ。
といってもここは病院長室だから病院長は自室に戻ってきただけ、それを突然だとか、いきなり失礼などと責めるわけにもいかない。
失礼なのは勝手に病院長室に入り込み、勝手にくつろいでたのは俺の方だ。この状況では、どんな風にとがめ立てされたとしても、文句は言えない。
病院長は俺を見て目を見開いたが、すぐに微笑し「ほう、千客万来ですな」と呟いて、机に歩み寄る。
千客万来って、客は俺しかいないのでは、思ったが黙っていた。
そんな自分は今や、行儀の悪さでは招かれざる客になってしまっているわけだし。
(略)
俺はこの病院でどでかい不始末をしでかし、最果ての病院に飛ばされた。
その処分に不満はない。飛ばされても仕方がないようなこてをしたのだからそのこと自体に文句はない。
だが……。
「君は寒いのが苦手だというウワサでしたが、お元気そうで何よりです」
やっぱり知っていやがったんだな、この人は。
俺はげんなりして病院長の顔を見る。
そう、俺は寒いのが大の苦手だ。
だから不祥事の責任を取って大学病院を辞職したら、南の方の病院でのんびり過ごそうと目論んでいた。なのに俺を大学に縛り付けておくために、病院長とつるんだ俺の悪友がしゃしゃり出てきて、北の果ての関連病院という、俺の希望と正反対の環境に飛ばしやがった、というわけだ。
病院長は机の上の代物を見て何か言いたげたったが、口を開きかけて途中で止める。
(略)
こういう時に限ってチュッパチャプスを切らしている。病院長も内ポケットから煙草を取り出すが、空箱だったらしく握りつぶしてゴミ箱に捨てる。
それからふと思いついたように、引き出しを開ける。
予備の煙草と一緒に取り出したのは二本のチュッパチャプスだ。
そのうち一本を俺に差し出す。
「どうも」
コーラ味は苦手なんだよな、と思いながらも、俺は礼を言って受け取る。そしてふたりして棒付きのアメを舐める。
(略)
しかし、男ふたりがアメ玉をしゃぶっている図はどうにも様にならない。
こういう時は、せめて煙草を吸えればよかったな、なんて思ってしまう。
(略)
「君がいてくれないと私が怒られてしまいます。今からお見えになるのは、君がおいてけぼりにしたあの娘です。今度、新師長に任命しました。君からもお祝いの言葉を言ってあげてください」
俺は腰を抜かしそうになる。
冗談じゃない。今の俺が、どんな顔してアイツに会えるというんだ。
俺はようやく、「千客万来ですね」という、最初の病院長の言葉の真意を理解した。
あわてふためく俺を見て、病院長は、いつのまにかくわえていた煙草から、紫煙をくゆらせる。
余裕しゃくしゃくで、実に旨そうに吸ってやがる。まったく、油断も隙もありゃしない。
急いでドアノブに手をかける。その時、扉の向こうでノックの音がした。
固まってしまった俺の目の前で、ゆっくりと扉が開いていく。
俺は背中に、いじわるな、だが楽しそうな病院長の視線を感じる。
海堂尊『ケルベロスの肖像』ボーナストラック それから…… Nosmoker’View 古巣への帰還(上のタイトルは突然の来訪者) 速水晃一 高階権太 より
トピック検索 |