土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
通報 |
病院長室の扉を開けると、そこにヤンチャ坊主が座っていた。
机に足を長々と投げ出している。私を見て、あわて居住まいを正そうとするが、今さら間に合うはずがない。
コイツときたら、どこにいても思い通りにふるまわないと気が済まない困り者だ。
だが、コイツには何を言っても無駄だ。何しろ、天上天下唯我独尊なのだから。
(略)
「いかがですか、北は?」
院内で不始末をしたコイツを、私は北の果てに飛ばした。
苦汁の決断だった。ヤツの行為は間違いなく独断専行であったが。たが、おかげで救われた命もあったのだから。
社会や組織では、正義が勝つとは限らない。
そんなことはわかっている。だが……。
暗くなる気持ちを忘れようと、軽口を叩いてみる。
「君は寒いのが苦手だというウワサでしたが、お元気で何よりですね」
半分は本音だ。コイツの悪友の機転で、関連病院への出向で済んだのは不幸中の幸いだった。コイツにとって最大の誤算だったようだが。
それにしても、これだけ存在感のある代物を前にしながら、何も言わないのはどういうつもりだろう。
ひょっとしてこれは、新手の嫌がらせだろうか。
私は机の上を見て、口を開きかけるが、黙り込む。
(略)
「あと少しだけ、お時間をいただけませんか?」
ちらりと時計を見る。時間に正確な娘だから、今頃は病院長室の前の廊下を歩いているに違いない。
そろそろ種明かしをしてもいい頃合いだろう。私は何としても、コイツがあわてふためく様を、この目で見てみたいのだ。
(略)
「今からお見えになるのは、君がおいてけぼりにしたあの娘です。今度、新師長に任命しました。君からも是非、お祝いを言ってあげてください」
ヤンチャ坊主が腰をぬかしそうになるのが手に取るようにわかる。
あわてふためいて、立ち上がろうとするヤツを見て、微笑する。命がけの修羅場では軽々と行動するクセに、それ以外では相変わらずからっきしなんだな、思う。
煙草に火をつけ、深々と吸い込む。
旨い。
ヤンチャ坊主がドアノブに手をかける。そこにノックの音が重なった。
ゆっくりと扉が開く。
固まってしまったヤツの後ろ姿を見つめながら、私は頬にひっそりと、会心の笑みを浮かべた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』ボーナストラック Nonsmoker’s View 古巣への帰還 本文 高階権太 速水晃一 より
トピック検索 |