土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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『ジーン・ワルツ』を出産、じゃなくて出版した後、続編依頼に生返事していたが、ある日とうとう逃げきれなくなってしまった。
(略)
最初はなかなか話が進まない。何しろ結末がわかっているから、推進する意欲が湧かないこと甚だしい。ところが連載ニ、三回を過ぎたあたりから、物語の主人公の母親が暴走し始めた。あっちこっちをうろうろして、物語世界を嗅ぎ回るのだ。一見地味な、老年に近いおばさんのパワーが物語の本筋を翻弄し始めて、最後にはどんな風に決着をつけるんだ、と他人事ながら心配になった。いや、もちろん結末は知っているのだが、このまま無事にたどりつくとは思えず、少々焦った。なのに、きわめてナチュラルな結末に着地したのには、筆者である私がいちばん驚いた。
(略)
代理母問題は繊細な問題を孕んでいる。社会の対応も一貫しないし、そもそも誰が責任もって考えているのかすらはっきりしない。最前線の問題が無責任状態におかれるのが日本社会のデフォルトであるなら、それに対し異議を唱えることは社会のためだ。根津先生のような方がいらっしゃることに市民社会は感謝すべきだろう。
だが、そんな私個人の感情とはうらはらに、物語は能天気に進んだ。小説とは、そのようなものである。医学に尊厳があるように、小説には小説の尊厳があり、両者は必ずしも一致しないのだ。
◆格言 はるのうみ ひねもすのたりのたりかな(蕪村)(読めばわかる)
海堂尊『ジェネラル・ルージュの伝説』自作解説 28『マドンナ・ヴェルデ』(新潮社)より
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