土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
通報 |
ためらいながら、重い足取りで階段を上がり続けた俺は、ようやくその部屋にたどりついた。重い扉を押し開くと、薄暗い部屋に灯りが点る。人感センサーらしい。
灯りに照らし出された大講堂の内部を見て、息を呑む。
天井には青を基調としたフレスコ画が描かれている。天使と女神がたわむれるモチーフは、なだからな曲面で側壁に移行し、十二枚の扉には世界各地の神話の寓意が描かれている。つまりこの部屋は、十二の神話で支えられているわけだ。
よく見るとそれらはタイルを細かく貼り付けたモザイクでできている。
ステージ左側は三つ頭の犬、ケルベロスがモチーフになっていることに気がつく。“ケルベロスの塔を破壊する”という脅迫状の文言が浮かぶ。
その反対側、ステージ右側には美しい女性の半裸像が配置されていた。笑みを浮かべたふくよかな笑顔には笑窪(えくぼ)が浮かんでいる。その目は真っ直ぐに、身を低くしたら今にも飛びかかってきそうな猛犬に注がれている。愛の女神、プシュケだろうか。
碧翠院をなぞった構造のAiセンターだが、この部屋の内装だけはまったく違う。----この季節、この時間に、この窓から見える桜宮湾はきらきらしてとても綺麗なの。跳ね返りで俺に逆らってばかりいたその女性が、はにかんで告げた表情を、今でも、ありありと思い浮かべることができる。
海風の通り道だからとっても涼しいのよ、とも教えてくれたその部屋は確かに、真夏にもかかわらず今もひんやりしていた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』19章 司法解剖が見落とした虐待 本文 より
トピック検索 |