土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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兵藤の院内における評価は、“お調子者の廊下トンビ”というものだ。だが兵藤が患者とトラブルを起こすことは滅多になかった。口先から生まれたようなヤツだからあることないことをぺらぺらと喋りまくるものの、気のいいヤツなので患者受けもよく地雷を踏むこともないのだ。
「お前が患者ともめれなんて珍しいな」
「実はこの患者、モンスターなんです」
「モンスター?クレイマーとは違うのか?」
「ちょっと違います。何というか、医学知識おたくで、自分の病気に調べ上げ、僕がちょっと違うことを言うと、途端に厳しく追及してくるんです」
「ほう、勉強家の患者なんだな」
「そうなんですけど、ちょっと度を超しているんです。ナースステーションや医局で盗み聞きしたり、カルテを覗き見したりと、とにかく情報収集欲がものすごいんです。何でも、昔は社会部の新聞記者だったらしくて……」
「なるほど、そいつは大変だ」
昨今、ネットの情報革命によって医療に対する社会の姿勢は大きく変わった。
そのひとつの原因に、これまで専門家しか知り得なかった専門知識がネットで労せずに獲得できてしまうという現状が挙げられる。だが検索で得る知識は実体験の裏打ちがないため、あまり有効に機能せず、結局は経験がものをいう専門職の必要性は損なわれていない。ただし、素人にはそのあたりの阿吽の呼吸がわからない。
つまり“生兵法は怪我の元”という格言を地で行く医療素人が増えているわけだ。
病気に罹ると、誰しも自己防衛本能に刺激されて知識欲が異常に高まる。それがきわめて稀で、かつ軽微な疾病だったりすると、専門職である医師の関心が低いため、意欲のある素人が知識量で凌駕しとしまうこともある。すると診療現場で、主治医が患者から病気についてレクチャーしてしまうという悲喜劇が起こる。
そこまでなら、まだ可愛いものだ。
そうした検索知識の中には、あまりに先鋭的すぎて、臨床現場ではとても使えないようなものも混じっている。そんな専門家の説明を無視し、検索知識に固執し、声高に治療方針に異議を唱え、自分の主張を押し通そうとする患者がいる。
そうした患者は、情報モンスターと呼ばれている。
海堂尊『ケルベロスの肖像』5章 廊下トンビの墜落 本文 田口公平 兵藤勉 より
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