土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「私は責任なんて、取れません」
俺の言葉を聞いて、渡辺さんはくわっと目を開く。
怒濤の言葉が押し寄せてくる寸前に、ぽん、と蓋をする。
「お薬というのは、もともと毒なんです。ですから正常の人は絶対飲みません。どうして毒を飲むのか。それは毒の害以上に、病気の状態が悪いからです。薬は毒で身体には悪いんですが、病気に対する害の度合いが、身体に対する度合いより強いので、お薬を飲む意義があるのです」
「しかし、そのことで私の身体がダメージを受けたら……」
「ちょっと待ってください。私の言葉はまだ途中です」
俺は渡辺さんの話を途中で遮る。渡辺さんは開きかけた口を開けたまま言葉を止める。根は素直なタイプのようだ。
「渡辺さんのお身体を治すのはお薬ではありません。渡辺さん自身の身体が治すお手伝いをするだけです。今回、渡辺さんの身体を治す薬を見つけながら、副作用でその薬が使えなくなってしまいます。薬はこれまでな医学の叡智(えいち)の賜物で、ひとつがダメならすぐに次というわけにはいきません。ですから微量成分によるアレルギーの可能性が考えられる以上、まずそれを除外してみる必要があるんです」
渡辺さんは頑迷な表情を浮かべ、きっぱり言う。
「それはムダです。私の身体は、この薬が問題だと叫び続けていますから」
「でも、夜は眠れているようですから、掻痒感は我慢できないほどでもなさそうです。なので、新しいお薬は必ず飲み続けてください。二週間後、もう一度、診察します」
俺はさらさらと処方箋を書き上げ、渡辺さんに手渡した。
「これは私の勘ですが、今回のお薬では身体は痒くならないと思いますよ」
渡辺金之助さんは、釈然としないという表情でありありと浮かべながら俺を見つめていたが、結局はその処方箋をひっ掴んで出て行った。
兵藤クンは閉ざされた扉を見つめていたが、やがてため息を吐く。
「僕、田口先生が、患者さんにあんなにキツく物を言ったのを初めて聞きました」
「だろうな。俺もあそこまでキッパリ言ったのは、初めてだから」
俺が責任者を努めている不定愁訴外来では、相手の言葉に耳を傾けるのが大原則だ。俺は忍耐力がある方で、そうしたことは苦にならない。だがそんな俺も例外的な対応することも、ごく稀にある。それがさっきのような、他人の言葉に耳を貸さない患者が相手の場合だ。
海堂尊『ケルベロスの肖像』5章 廊下トンビの墜落 本文 田口公平 兵藤勉 渡辺金之助 より
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