土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「イエス、マイボス」
「マイボスはやめろ」
俺が顔をしかめると、島津はモニタの向こうで笑顔になる。
「行灯もダメ、マイボスもダメ、いちいち細かいヤツだなあ。それじゃあお前のこともなんて呼べばいいんだ?」
島津は捨て台詞を吐くと、白い輝点になって、モニタから姿を消した。
俺は、彫像のように動かなくなってしまった南雲に尋ねる。
「南雲さんは、この症例を解剖すべきだ、とおっしゃっていましたが、体表から見てモチによる窒息ではないと見抜いていたんですか」
南雲はうすら笑いを浮かべて、首を振る。
「私は、解剖するぞと遺族を脅してみろ、と言ってみただけだ。こうなった以上、今の質問に答えるのは野暮、というものだ」
俺は、半分は挑発する気持ちで、残り半分は純粋な好奇心から南雲に尋ねる。
「ちなみにこの症例、法医学者が解剖していれば真相はわかりましたか?」
南雲は振り返ると、俺を凝視した。それから、ふう、と笑うと、答える。
「私なら、解剖しなくてもわかった。大概の法医学者は、解剖すれば真相はわかる。だが一部の出来の悪い法医学者は見逃したかもしれない」
そして扉を押して外に出ようとして、振り返る。
「こんなゴマカシは極北市にごまんとあったが、私は解剖せずに見破っていた。だから極北市警の署長は私に頭が上がらなかったのさ。だが、検視の質が低下している今、Aiは必要悪かもしれんな」
そういうのは悪とは呼ばないでしょう、と言いかけたが、その時にはすでに南雲の姿は忽然と視界から消えていた。
桧山シオンが、風にそよぐ葦のような風情で、俺をひっそり見つめていた。一瞬目が合うと、シオンは目を伏せた。
その時、煌めくようなアルペジオの和音が清冽に響いた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』21章 Aiセンター、始動 本文 田口公平 島津悟郎 南雲忠義 桧山シオン より
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