土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「日本中の蘭方医たちが崇める西洋医師も、先生にかかっちゃ形なしだぜ」
「いえ、そういうことでは……」
「実際によ、目の前で見たこともないすごい手術を見せられたら、どんな医者でもたまげるさ。どうだい、次は、江戸の蘭方医たちをびっくりさせてみねえかい」
そこまで言ってから、麟太郎は大きく一つ欠伸をして、腕を枕がわりに仰向けになった。
「先生の医術を江戸に……いや日本中に広めるためには、まず西洋医学所の連中を説得することが必要だまず大丈夫……先生のことは、横浜の外人医師の口から、たちまち彼らに伝わるからな……」
仁は、麟太郎の言葉を複雑な思いを抱いて聞いていた。麟太郎は続けた。
「おいらは海軍作りが専門だがよ、できる限り南方仁に協力するぜ……。あんたはこのニッポン国の虎の子だ。市井(しせい)の町医者で置いといちゃ、国家の損失だからな」
「……はい……」
あのポールという名の水兵のように、仁がこの時代においては死すべき定めだった人々を救うことによって、歴史は彼の知らない方向へと向かっているかもしれない。
それでも、仁は人を救いたかった。救わずにいられなかった。歴史が変わってしまうことを言い訳に、目の前で苦しんでいる人間を見捨てることはできなかった。
そう、仁がこの時代に最初にあらわれたあの時から、ずっとそうだったように。
小説『JIN--仁--』序 本文 南方仁 勝麟太郎(勝海舟) より
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