土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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翌朝。
この季節には珍しく、快晴だった。
世良はひとり、診療所の前庭を散歩していた。ふと見ると久世が花壇を見回っている。その花壇には名も知らない白い花が、地べたにはいつくばるように咲いていた。それは融けそこねた粉雪のようにも見えた。
神威島の冬は、雪に埋もれてしまう。
だが島を孤立させるのは、凍える寒風だ。島の人間は、その風を海狼の遠吠えと呼ぶ。でも、冬を越せば島にも花が咲くんだよ、と十八年前の久世は言った。
そしてあの時、世良は神威島の冬を知らずに島を出ていった。
海堂尊『極北ラプソディ』27章 青い蝶 本文 冒頭 より
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