土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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翌日も特命係の小部屋では、右京が必死に記憶の闇の中を探っていた。村瀬真奈美にはどこかで会ったことがある。しかし、それが思い出せないのだ。
抜群の記憶力を誇る右京がこれほど頭を悩ませるのは珍しい。できるなら記憶を取り戻すのに力を貸してやりたいところなのだが、薫はなにもできずに悶々とする上司を見ているだけだった。そんな薫の耳に聞き覚えある男の声が飛び込んでくる。
「おい、特命係の松山さんよ!」
捜査一課の伊丹憲一である。後輩の芹沢慶二も一緒だった。
「松山じゃなくて、亀山。それにわざわざ特命係はつけなくても結構!なんの用だ?」
伊丹はバインダーにはさんで持参した資料を手ではたき、
「このリストはなんだ?お前らを恨んでる人間、他にもっといねえのかよ?」
不倶戴天の敵、伊丹のことばはいちいち薫のかんに触った。
「そんなこと言うなら、てめえらで探せよ」
「なんだと、亀山、俺たちはな、おめえらの汚名を挽回しようとしてやってんだぞ!」
伊丹の怒声を聞いた薫の顔がばっと晴れた。そして鬼の首を取ったようにあげつらう。
「てめえ、いま『汚名挽回』って言ったよな。いいか、汚名は挽回するものじゃなくて返上するものなんだよ!」
伊丹の強面から血の気がすっと引いた。芹沢に向かって確認する。
「おい、そうなのか」
「はい、伊丹さんが間違っています」
芹沢が屈託なく答えをよこすと、薫が追い討ちをかけた。
「汚名は返上、名誉が挽回なんだよ。小学校で習わなかったのか?」
伊丹はリストを薫のデスクに叩きつけると、憮然として出て行った。してやったりの笑みで見送る薫に、芹沢が耳打ちした。
「先輩も島根県の人と愛媛県の人にちゃんと謝っておいた方がいいですよ」
かわいげのない後輩がそんなことを言う。
「だいたい島根出身の人も愛媛出身の人も知らないし」
「先輩、ぼくの田舎、島根なんですけど」
「そうだっけ?誠に申し訳ない」
薫が平身低頭して芹沢を部屋から追い出したところで、右京が言った。
「いまのやりとりのおかげで、ようやく思い出しました」
「いまのやりとりって、汚名返上?これって、ずいぶん前に右京さんに教わったんですよね」
「そのときです」右京が薫を指差した。「ぼくがそれを指摘したとき、どのような状況だったか覚えていますか?」
「えーと、確か事件が無事に解決して、ふたりでバーに入って飲んでたんですよね。右京さんがときどき行くバーで。それで、右京さんが俺のことばの間違いを指摘しはじめて……『苦渋は味あうものではなく、舐めるものだ』とか『白羽の矢は当てるもんじゃなくて、立てるもんだ』とかいろいろ教えてくれたんですよ」
「それでした。これですべての謎が解けました」
変わり者の上司は胸のつかえが下りてすっきりしていたが、薫は狐につつまれたような落ち着かない気持ちだった。
ドラマ『相棒』Season2 第12話 クイズ王 本文 杉下右京 亀山薫 伊丹憲一 芹沢慶次 より
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