土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「いや、お前は全然悪くないねん。神谷、お前の話する時、ごっつ嬉しそうやもん」
そうつぶやく大林さんを見て、しみじみと神谷さんの相方はこの人でなければならないと思った。「せやけど、売れたいのお」という大林さんの珍しく小さな声は聞こえなかったふりをした。
「あっ、鹿谷出てるやん」と大林さんがテレビを見て言った。
「最近、鹿谷よう見ますね」と僕も振り返ってテレビを見上げた。
鹿谷はネタ番組に出ると、大物MCに最高の玩具であることを瞬時に発見され、そこで開化した才能を存分に発揮し、瞬く間に時代の寵児となった。彼は感情を爆発させることによって、その場の全員に馬鹿にされる才能があった。何をしても最下位となった。そんな彼を多くの人が必要とした。彼はバラエティー番組の中で誰よりも笑い、誰よりも泣き。椅子に座ってられないくらい派手に動いた。寿司に大量のワサビが入っているというドッキリを仕掛けられた時は「食べ物をこんな風にしてはいけない」と真剣に訴え、番組が仕込んだ女性と恋に落ちるというドッキリを仕掛けられた時は、「愛を舐めんな」という言葉を恥ずかしげもなく言い放った。彼は誰からも愛されたし、あらゆることを許された。同じことをしたのではな誰も勝てなかった。鹿谷には一時も目を離せない強烈な愛嬌があった。
微笑みながらテレビを見ていた大林さんが、「俺達がやってきた百本近い漫才を鹿谷は生れた瞬間に越えてたんかもな」とつぶやいた。
その残酷な言葉に僕は思わず叫びそうになった。表情を変えずに奥歯を噛んだ。奥歯を砕いてしまいたかった。ビールはこんな味だっただろうか。
又吉直樹『火花』本文 より
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