土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「どうだな。おれの弟子になったところが、とても仙人にはなれはすまい。」
片目眇(すがめ)の老人は微笑を含みながら言いました。
「なれません。なれませんが、しかし私なれなかったことも、かえって嬉しい気がするのです。」
杜子春はまだ眼に涙を浮かべたまま、思わず老人の手を握りました。
「いくら仙人になれたところが、私はあの地獄の森羅殿の前に、無知を受けている父母を見ては、黙っているわけには行きません。」
「もしお前が黙っていたら----」と鉄冠子は急に厳かな顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうかと思っていたのだ。----お前はもう仙人になりたいという望みも持っていまい。大金持ちになることは、もとより愛想がつきたはずだ。ではお前はこれから後、なんになったらいいと思うな。」
「なんになっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです。」
杜子春の声にはいままでにい晴れ晴れした調子がこもっていました。
「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから。」
芥川龍之介『杜子春』杜子春 鉄冠子(仙人)より
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