胡蝶 2014-09-12 22:42:07 |
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―お前が流した 涙の分だけ… 幸せにならなけりゃいけないよ…
何曲目かに「ふたりの夜明け」がかかり始めると、騒ぎから一歩引き、壁に寄り掛かって歌を聴いていた看護師長も目を細めて言った。
「この頃は五木ひろしが熱かったんだよねぇ」
あたしは、80年代にはまだ影も形も存在していなかった。しかし、それでも当時の人が残してくれた記録から、過去を辿ることならできる。
集まった人のなかには、丁度今のあたしぐらいの年齢の瞬間(とき)を、80年代とともに過ごした人も多々いるはずであった。あたしは張り切って、レコードをかけ続ける。
殆どの人は楽しそうにしており、この空間だけはまるで80年代のディスコティックのようであった。
しかし、窓辺に佇んでいた、例の名も無き怪物男だけはどこか退屈そうにしている。彼はあたしよりも年上に見えるが、80年代の曲は知らないのかもしれない。そのうえで良さもよく分からないのだと思う。
(勿体ないことだ)
そう思いつつ、あたしは「め組のひと」をかけた。すると、傍目にも分かるように男は目を輝かせた。
「あ、これは知ってる。やっと知ってる歌がかかった」
曲が放つ雰囲気とは異なって、季節は秋へと向かっていっている。
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