レオン 2013-07-29 17:01:24 |
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なぜアンパンマンはあれほど大規模な救援活動を長らく実施し、非常に顔も広い存在でありながら、「愛」と「勇気」の二つしか友達として認めるに値するものが今の時点で存在しないのか。仮説1:みんな友達以上説
これは誰もが一度は考えたことがあるのではないか。愛と勇気だけが友達とは言っても、カバお君やピョン吉君を始めとした一般市民や、おむすびマン達のような同志とは非常に仲がよい。
特に、カレーパンマンとしょくぱんマンとの三人はヒーロー御三家として本作の中では一際強力なコンビネーションを発揮し、アンパンマンのヒロインに当たるメロンパンナちゃんとは並々ならぬ信頼が結ばれている。
この点を踏まえて考えると、これらの登場人物を全て「ただの友達」と断言してしまうのは、確かに不自然だ。つまり、
親友=上記の人物等
↓
友達=愛と勇気
と、このように格付け的な図で説明づけると、筋が通る。これなら確かに、
「他の市民や自勢力内の人物との親密な関係をクリアしつつ、友達は愛と勇気だけ。」
という条件を矛盾なく満たすことができる。
しかし、そのことを踏まえてあえてこの説を加味したとするならば、逆に愛と勇気は「二の次」というあつかいとなる。
ヒーローをヒーローたらしめている博愛と勇猛果敢な精神、この大原則二つこそが、まさにアンパンマンの活動の原点であり原動力であるはずだ。となると、あくまでこの二つのロジックが優先せれているはずである。
よって、この有力視されていた説はヒーローとしての理想と本質を根底から否定する説であり、この説を通すとなると、それはそれでアンパンマンのヒーローという立場に対する意識の低さの問題が浮き彫りになってしまう。
よって、この説は間違いだと信じたい。
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