Lilly 2025-06-18 21:01:18 |
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(─────まるで世界から切り取られたように、静かにそこに佇んでいた。境内を渡る風が、袖をそっと揺らし、肩に乗る小鳥の羽を撫でて通り過ぎゆく。傍らで若者が何かを囁き合い、此方の様子を見ては躊躇いながら、もどかしくタイミングを窺っている事に気付く事さえない。この耳には、もはや人の声も視線も届かないから。ただ、太鼓の音と、夏の風が運ぶ花の香だけが通り抜けてゆく。それは、無垢というにはあまりに深く、鈍感というにはあまりに美しい。誰かに向けられる好意や熱を、空気のざわめきのひとつのように受け流しながら、ただ──“来るべき人”だけを信じて、そこにいる。肩の小鳥が一度、小さく羽を震わせた。それすらも、まるで焦がれ揺れる心音に共鳴しているかのようだった。何故なら己にとって、世界はいつだって”彼”から始まり、”彼”で終わる。だからこそ、他の誰が視線を向けようとも、それはただの通り風に過ぎないのだ。─────不意に潮の香が風に混じり、そっと鼻腔を掠めていった。懐かしい遠き海の気配、そして眼前に静謐の中に凛と佇む、悠久の威厳が漂う神の気配。心の深淵に灯る愛おしい彼という存在が光となって盲目の世界を暖かく照らして。風は形を変え、周囲の木々を揺らし、宙に色艶やかな深緑の葉が宙を舞う。夏の喧騒も秒にも満たない一瞬のみ音を止む。…今一度、自然が深海の主を歓迎するように音色を奏で始めて。ようやく、何者かが走り去る音に気付くも既に己の思考はたった一人の存在で満たされていて。歓迎し緊張と不安、期待を宿した表情はみるみる内に感情の蕾が花開くように、瞳に光が宿り、笑みが溢れてゆき。顔を上げて、蒼と視線を交えようと瞳を揺らす。ほんの僅かに逸れているが、それでも嬉しそうに瞳を細めて。直ぐに触れた強くて優しい安心感のある大きな掌、開かれた己の掌に流れるように綴られる言葉に次第により頬が紅潮し、気恥ずかしそうに肩を竦めてみせて。)────、…ありがとう。(慣れない和装に普段より緊張を抱いていた故に、嘘偽り無い真っ直ぐな言葉に心が小さく跳ねて。恥ずかしさと嬉しさが入り混じり、胸の奥がそわそわと騒がしくなる。何気ない仕草までぎこちなくなって、視線の置き場さえ迷うほど。一度だけきゅうっと口を結び、浮き立つ気持ちを落ち着かせて。仄かに立ちのぼる麻の香り。糊のきいた襟、日向に干された布の匂い、そして彼にしか纏えない静かな気品。見えなくても、分かる。今日の彼は、和の装いで此処にいる。その瞬間、これまで遮断されていた周囲の澄んだ雰囲気がこの身に伝わってきた。周囲の空気が静かに澄んでゆく。誰かの話し声が止まり、すれ違う人々の心が、確かに彼に引き寄せられた気がする。和装姿の彼は、きっと誰よりも格好良くて────視線を集める程、凛として、美しくて。大海原に浮かぶ満月のように触れられない程遠く、けれど目が離せない。そのように人々には見えているんだろうと、少しだけ誇らしく、…少しだけ胸がざわめく。それでも彼の視線はが此方に、揺らぐ事なく向けられている事に心は静かに高鳴っていて。嬉しい、…そう感じてしまう。襟元や袖に触れて確かめたいものの、人目の多いこの場所では些か気が引けてしまい、迷っている心境を察してか、小鳥が己の肩から彼の黄金色の頭髪へと渡り。左右に小首を傾げ、ぴょんぴょんと跳ねてから肩へと飛び移り、蒼を見上げるように横目で首を傾げて。更に一度囀ると、)………!そう、そんなに美しいのね。クレイだもの、きっととってもとっても似合っているわ。……何色の浴衣なのかしら。
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