2025-01-26 00:23:08 |
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どの料理も素晴らしく、シェフの勤勉さが伺える品だからこそ難しい質問ですわ。
(まるで世間話のように向けられた問いかけはハロルドの雰囲気がよりそう思わせるのか、ここで気を抜いてはいけないとベアトリスは少し考えるふりをしながら言葉を選んだ。ハロルドの真意は理解しているつもりだ、彼が求めているのは単なる感想ではなく昨夜の晩餐が正しく記憶され、再現されているかの証明なのだから。この場で曖昧な答えを返せば、ベアトリス自身の証言の信憑性もまた揺らいでしまうと記憶の扉を開く。こんな時にまさか自身の記憶力の良さが活かされるとは思ってもいなかったが、まるでその場所に戻ったかのように浮かべる微笑みはきっとアーサーが書き残すベアトリスの微笑みと同じはず。「牛ほほ肉の煮込みと、鴨肉のオレンジ風味……この二つでどちらにするかを私が迷っていたところ、ギルバート様が片方を選んでくださいましたの。新しく頼むと全部食べられないから、食べ物を残すのを嫌う私を思って選んでくださったのよ。ギルバート様の優しさを感じる二品は、どちらも美味しくて、食べ進めるのがもったいないほどでしたわ。……ああ、赤キャベツを使ったマリネがさっぱりしていて特に気に入ったわ。」静かな船長室の中に、彼女の言葉が染み渡る。その瞬間、ハロルドの目が微かに光ったのを見抜く。本来ならば、赤キャベツのマリネが付け合せに乗るのは鴨肉の皿だ。しかしベアトリスが選んだのは牛ほほ肉の煮込みであり、モラレス卿が鴨肉を選んでいる。モラレス卿が赤キャベツを好んでいない事を知るものは少ない訳で、アーサーの描くスケッチブックの中にいるベアトリスの皿の内には牛頬肉の煮込みと本来存在しない赤キャベツが描かれているのだろうか。具体的にどちらを選んだかを敢えて伝えずに、それでいて本来とは違う皿の内になっていることを伝えるのはベアトリスにとってひとつの賭けだった。アーサー・バートンならば些細なことも見落としをしないと信じているからこそ踏み込んだ発言であり、本来のままのメインディッシュが描かれていたならば今後の発言に信憑性は欠けてしまう。しかし、反対に本来のメニューには有り得ない皿の状態でスケッチが残っていたならば、アーサーが持ってきてくれたスケッチブックが証拠として強く認められるはずだ。彼が画家アーサー・バートンだからこそ出来る賭け事だった。今一度背筋を伸ばして凛とした佇まいで口を閉じて。)
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