2025-01-26 00:23:08 |
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(呼びかけに応えて彼の顔がゆっくりと上がる。ブルーグレーの瞳に浮かぶのはただの戸惑いではなくて、落ち着きの奥に怯えの色が滲んでいる。それを確かに捉えながらも――もしも彼が、芸術を諦めずにいてくれるのなら。たとえそれが苦しく、険しい道であったとしても、嬉しいと感じてしまうのだろう。それが傲慢で身勝手な考えだと自覚している。それでも、抑えられなかった。いつか、きっと。次こそは、彼が思うままに自由を手にしたベアトリスを描いてほしい。そのためならばどれほどの茨が道を塞ごうとも、耐えられる。共にこの時代を生き、戦う仲間としての願いだった。苦しい道を進む同士として、盟友として。彼が筆を手にし、ただひたむきに芸術と向き合い続けるのだとしたら、それ以上の心の支えなど他になかった。目の前の彼は、今にも溺れてしまいそうなほど不安定に見えて、本当ならば救いの手を差し伸べるべきなのかもしれない。けれど、それを知りながら彼を道連れにしようとしている。己の選択が彼の人生を変えたかもしれない。だが、己もまた、彼と出会ったことで生きる世界も、見るべきものも、進む道も、すべてが変わっていたのだ。思いのままに顔を寄せれば柔らかなレースのハンカチ越しに包み込んだ彼の手。その甲へ、そっと唇を触れさせる。希望をくれた、尊敬する手に敬愛を込めて。それからゆっくりと顔を上げる。そして、ふんわりと微笑んだ。救いを求める彼に対して伝えるそれは踏み込みすぎた発言だったけれど、本心からそう思うとあまりにも自然な言葉だった。)
───私が、あなたの光になるわ。
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