可惜夜 2024-09-16 17:35:11 |
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暁闇街へ訪れてからというもの、先刻までの不機嫌さが嘘のように瞳を輝せて表情をクルクルと変化させる様子に嫉妬すら覚えて。ただの街並みだと思っていたものは、存外好奇心を刺激される浪漫とやらに溢れているのかも知れない。しかし、愛いヒトが己が住処である暁闇街へ興味を惹かれている様には嬉しさが勝るもので、嫉妬心は何処へやら微笑ましく暖かな感情に包まれる。幼子の如く目移りしている彼を延々と観ていたいが、長屋は愚か街の奥からもぞろぞろと惹き寄せられる同胞の前には叶わぬ願いだと判じる。舌を鳴らしたい衝動に駆られるところをグッと堪え、態とらしく盛大に溜息をつき。
「皆、宏樹の心に己が痕を残したいだけで、害そうとは思っておらぬ…が、些か節操というものを忘れているらしいな。斯様に大勢で集まっておきながら、誰一人傍に控えている私の姿が捉えられないとは、何という疎漏さか。今、この愛いヒトを口説いているのは"私"である。よもや、敷居を跨がずとも勝手にヒトが転がり込むと驕っているのではあるまいな?」
左脇に微かな温もりが伝わり、愛しい彼が聢と小さな身体を寄せたことを感じて。ヒトの身からすれば数段大きい体躯の者たちの厚顔無恥な振る舞いに、さぞ戦慄したことだろう。傍に控える彼にそっと顔を寄せ、結露を丁寧に拭うように懇篤な声色で、同胞が危害を加えることはないと伝える。声だけでは何だと、柔らかな微笑もおまけして。とは言え、街の外から一緒に来訪したにも関わらず、虎視眈々と彼の様子を窺うどころか近寄ってくるあたり、随分と貞節を守れぬ者が多いらしい。是では、餌に群がる獣のようではないかと同胞の品のなさに落胆を覚え、「嘆かわしい」と一言ぽそりと零れ落ちる。可愛い彼の願いもあるため、彼等に何か言ってやらねばと口を開き。嫌味ったらしく晴々とした笑みを貼り付けて声を張る。街の外どころか住居から一歩も出ていない者が、お溢れに預かろうと収奪しようと下賤な考えを持っているわけはないだろうと言外に含ませて。それでも強行せんとする愚か者はいるようで、堪らなくなった彼から助けよと縋りつかれるものだから、彼との約束を反故することに決める。着物の袂をぐいと引く手を優しく解き、「…宏樹、暫し辛抱しておくれ?」と言うが早いか、彼を縦に抱き上げ、右腕で尻を支えるように抱え直し。
「…なぁ、其処の。私の顔見知りには、番いの決まっているヒトの子に懸想はすれど掠奪する者は居なかったと記憶しているが…見たところ時化空のに酷似しているな。否、彼奴は斯様に無作法な真似はしない男…嗚呼、どうやら人違いで、すまなんだ。この歳になると面忘れして仕様がない…そうだろう?ささ、その愛らしい腕が細技の如く折れる前にしまうとよろしい」
ぬっと現れた手の先を視線で追いつつ、くるりと身を翻すと見知った顔が其処にはあって。両眼窩からヘラジカの如く平たい枝角が覗いており、所々に小菊が咲いている様は異質さを強く感じさせる。古くからの顔見知りではありながら互いに深く関わることは少なかったが、其々に囲ったヒトの子に手を出すことはなかったように思う。しかし、年月が経つにつれて彼の男は他人の番に手を出すまで成り下がったらしい。伸ばされかけた手を聢と掴み疾く離れよと伝えれば、男は気まずそうに距離をとって。
(/西本様の来訪を心よりお待ちしております…!取り敢えず、簡易的な容姿と名前だけのモブさん枠で時化空を出させていただきました…!!)
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