政府職員 2024-06-16 11:48:23 |
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紅葉傘先生の民俗学講義
白比丘尼は八百比丘尼ともいう、人魚の肉を食べたことで不老不死となった尼僧のことです。ただ完全な不老不死ではなく、八百歳、諸説によっては二百歳で死んだとも。白比丘尼伝説では、比丘尼は飢饉に苦しむ民に己の肉体を差し出し飢えから救い飢饉が終わった時には生首だけになっていた、という伝説もあります。そんな白比丘尼は己の首を村の側の洞窟に納めるように言いその洞窟は閉ざされたとか。
この比丘尼伝説はどれも共通して、ある村で人魚が獲れる→その人魚を喰うための祭りが開かれるor獲った人間が独り占めしようとする→村の娘or獲った人間の娘がこっそりその肉を食う→その後食べた人間は皆人魚の肉に耐え切れず異形となるor人魚の肉の毒で死ぬ→その後娘は結婚するが飢饉が起き苦しまず死なず老いないことを不審に思われる→夫が娘の頸を断つと娘の身体は数多の魚に変わり飢饉を凌げるorそのことを知った娘は村を出て尼になり己の身を炊き出しとして差し出し首だけになる
といった流れがほとんどですね。
どちらの話も首は残っています、ではもし首が生きていたら、不老不死の力が残っていたら、その首から身体は再生されるのでしょうか?
余談ですが、人魚は恵比寿信仰の象徴でもあるんですよ。恵比寿信仰とは、浜辺に流れ着いた漂着物を異邦から訪れた神として祀るものだとか。
刀剣男士は人の想いから生まれた付喪神で、今はその力を人間に貸し戦争の場に立たれています。信仰とはそれだけ強いモノを産む、なら人魚は、恵比寿様と祀られた人魚はただの妖なのでしょうか?
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