匿名さん 2024-01-05 19:35:07 |
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(要するに“早く忘れてしまえ”と言われながら、フフ、と小さく笑うと肩を竦める。確かに、そんな些細な出来事、普通なら意識せずとも自然と忘れていくだろうが、男性の姿は不明瞭ながらも、その時の情景や心境は明確に覚えているのだから不思議なものだ。
彼が灯してくれた火元を有難く思いながら、先程水を張っていた鍋に昆布を沈めておく。ゆっくりと沸騰を待つ間に魚の切り身へ下味をつけながら、うーん、と僅かに思考を巡らせたあと口を開いた。)
…忘れたくはないわ。あの人の事、なんだか好きなの。
確かに不審だったけれど、後から考えたらなんだか可笑しくって。私も初めての店で精算機を触る時は少し戸惑うなーとか、ちゃんと顔を見たら良かったかな、笑顔で話せばよかったな、とか、お店で人を助けるの久しぶりだったな、とか色々とね。
……あの時、本当に疲れていたのに、不思議とリラックスしたのを思い出したわ。
(今でこそ自動精算機が主流だが、普及し始めた頃は自分も勿論戸惑ったし、店によっても精算機のタイプが違ったりする。そんな時の自分の姿と重ねてみたり、立ち尽くす男性と無愛想に手を貸す自分の姿を客観視したらなんとも滑稽で。非常に単純な事だが、たったそれだけでその日の夜は少しだけ気持ちが楽になった。今思えば、それほどつまらない日常が常態化していたのだと思う。
『好き』というのも勿論恋愛がどうこういう話では無いが、いっその事一目惚れでもしていればもっと忘れられない出来事だっただろうか。とにかく、なんの変哲もない出来事のようで妙に印象深かったあの人とは──なんとなくに過ぎないし目の前に本人がいるなんて考えてもいないので言えることだが──楽しくお話して仲良くなれるような気がする。)
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