2024-01-04 23:14:52 |
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(そんな、日々だった。──店を畳んでから、土地を転々としながら細々と生計を立てている。装飾屋としての腕と引き換えに、それなりに穏やかな毎日を享受していた。最近では休みの日にこの森で本を読んだり、絵を描くことが日課になっている。今日は本を片手にうたた寝していたらしく、温かな風で意識が引き戻される。一体どれだけの時間が経ったのか、回らぬ頭で周囲を見渡すと不意に意識を奪われた。幼い少女が、独りぽつんと佇んでいた。薄汚れた高価な服と、横顔でも分かる曇り空のような瞳に、気がつけば声を掛けていた。そんな顔をしてどうしたの。少女は驚いたように顔を上げ、しょんぼりとした声で呟いた。大事なブローチをなくしちゃったの。一体どんなブローチなの、と尋ねてみたものの少女は口を噤んだまま。しゃがんで目線を合わせても、うんともすんとも言わぬまま曇り空の瞳で押し黙っている。教えてくれたら、一緒に探せるよ。途中まで言いかけた言葉を遮って、少女はやっと口を開く。見つけられっこない、だって秘密のブローチなんだもん。透明なブローチ、誰も分からないブローチなんだもん。持ち主が必死で探して見つけられないのに、あなたに見つけられっこないわ!
曇り空から、ぽつり、ぽつりと雨が降る。震える少女を前に、私は掛ける言葉を無くしていた。その瞬間だけは、きっと声も無くなっていた。)
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