館の魔女 2023-10-17 21:30:43 |
通報 |
部屋を後にする彼の足音に耳を済ませながら、其方の方を見つめ見送る。やがて部屋の中が静かになると、小さく息を吐いて近くにあった書物を探りペラペラとページを捲る。勿論、そこに書かれた文字を読むことは出来ないが、普段は魔法を使い“読み取って”いる。だが、今はそれをする事無く、ただの紙切れを捲りながら考えるのは、彼のこと。
真摯さに溢れた物言いや態度、そして強靭そうな肉体からも誠実な騎士として数々の戦場をくぐり抜けてきたに違いはない。しかし、この仕事に就くということは、恐らく騎士としては身を引いているはずだが、それでも彼の身体は鎧に包まれている─。
…と、ここまで考えると、書物を閉じるのと当時に思考を途切れさせ、ゆっくりと仕事部屋を後にする。
勝手な憶測で彼のことを勘ぐるなんて酷く不躾だし、彼が話したくないのならそれを問い詰める必要も無い。それに、彼だってよく知らない盲目の魔女の元で働くなんて、まだまだ不安もあるはずだ。
(……私はただ、良い主人でいなければ。)
そう胸の中で強く誓いながら、足先が出向いたのはキッチン。慣れた手つきで食材や器具を準備すれば、魔法を使うことはなく、せっせと何かを拵え始める。
暫くすれば、屋敷の中には美味しそうなシチューの香りが立ち込めるだろう。
トピック検索 |