主 2023-03-12 23:09:40 |
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「…守。理沙。燈を医務室まで頼む。」
(二人の返事を聞いてゆっくり部長の方へと振り返る。)
「まぁ。状況が飲み込めねぇだろうから少し話をしないか?」
(部長は少し虚ろな表情で首を縦に振った。)
「いちごミルク飲むか?」
(いちごミルクの缶を部長に差し出す。)
『いや。私は妻と違って甘いものは苦手でね。遠慮させてもらおう』
「そうかい。では。何でも質問してくれよ」
(部長は部下に説教をするかのような顔つきになった。)
『そうか。私の覚悟は決まっているが…では納得のいく答えであれば私は君たちに雇ってもらうとしよう。』
「はッ。この堅物め。」
『最初の質問だ。君が見せたあの幻覚のようなものは一体なんだ。』
「あー。あれは陰陽術だ。【冥道彼岸】といって言わば死とのめぐり合わせ。常世が裏返った世界に入れたんだ。」
『ここにはそんな馬鹿げた力を持つものが沢山いるのか?』
「いるわけないだろ。あの術式は俺が作ったんだから。」
『二つ目だ。君がその術式を作ったのなら君にしか解けないはずだ。なぜあの時、燈くんと言ったか?彼女に斬られる寸前に術が解けたんだ。』
「それなんだが、部長さん。あんたどこで奥さんと出会った?」
『…。私は登山が好きでね。剣山に登っていた時だった。こんな山の中に着物でいた彼女には驚いた。…出会ったのはその時だ。』
「なるほどね。まぁ大方予想通りだ。」
(部長は少し目線をこちらにやると『予想通り…?』と投げかけた。)
「なぁ。奥さん、豊子さんの旧名って《堀川》じゃないか?」
『ッ!…そうだが。どうしてそれを。』
「17年前、俺と燈の最初の任務は人探しだった。『剣山にて刀鍛冶の娘が行方不明。捜索願う』だ。」
『‥‥ま、さか』
「勘がいいな。そう、依頼主は19代目堀川国広。豊子さんの親父さんだ。」
『おかしい。仮にそうだとして豊子の持っていたこの力は!』
(部長の声が次第に荒くなるが無視して話を続ける。)
「当代堀川の人間は刀を鍛える際、不思議な鍛刀法を用いると言われている。それが《穢れの浄化》だ。なんでも玉鋼につく邪気を祓いながら刀を打つんだと。どんな方法かは分からんがこの力を堀川は受け継いできた。」
『そこまでは分かった。だがなぜ術が解けた?』
「共鳴したのさ。あの時のように。」
『何のことだ。』
(部長がいぶかし気に聞く)
「いや。俺たちの初任務は失敗に終わったんだ。あれが俺と燈の最初で最後の失敗だった。結局その後も豊子さんは見つからず。その時堀川から安倍の本家に納められたのがその時の国広によって鍛え直された《闇斬・燈》燈の刀だ。」
『ああ。』
「闇斬・燈には病、つまり悪意や負の感情を斬る性質がある。はは。燈の事だ。あんたの魂の境目を斬ろうとしたんだろう?」
『あ、ああ。』
「そんときに部長が豊子さんから受け継いだ浄化する力と闇斬の性質が共鳴と反発を繰り返して裏と表を強制的に繋いだ。逆に強制的に繋いだことで俺の術が解けて豊子さんの魂が一時的に表にこっちに残ったってわけだ。」
『そう、だったのか。』
(部長は少しの静寂の後、俺に向き直って告げた。)
『最後の質問だ。こんな老体で堅物の私でも君たちの仲間たりうるか?』
(その目には先ほどのものとは比べ物にならない程の光が宿っていた。)
「はは、そんな嫌味が言えるならまだまだ若いよ。ようこそMEFへ」
‐その夜‐
「お疲れ。燈。」
(起き掛けの燈に労いの言葉をかける。)
『お疲れ。太陽は?』
「もう寝たよ。今日も保育園でいっぱい遊んだそうで」
『そう、それで部長さんは?』
「奥さんのお墓に花を添えにいくそうだよ。」
『…そう。』
「優しいね燈は。」
『…はぁ。なにがよ』
「んー。体は現世に残して魂だけを切り離す。向こうで何かあっても俺の術で魂と体を結合させられる。」
『お見通しかよ。』
「はは。夫婦、だからね。」
『それに優しいのは日影もじゃない。』
「え?」
『ずっとこらえてたものが今流れてるじゃない。あんたの頬を。』
「はは。こりゃ参った。」
『さ。一服しよ?』
「ああ。」
(二人はタバコに火を付け夜空に向かって吐いた。願わくば豊子さんに安らかにという思いが届くように。)
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