主 2023-02-11 00:33:03 |
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(相手に腕を引かれ、まだ冷たい夜風に漸く正気を取り戻した所で僅かな違和感が膨らみ相手の瞳をじっと見詰める。
何故か相手が娘を“あの子”と言い直した事、何かを隠すような憂いを帯びた微笑み。
己は此の下手くそな笑みを知っている。
相手が大名に手を翳しほんの数秒、長い話し合いを経たのかの如く大名がすんなり引き下がった事。
「何を、したんだ。」
情けなく震える声に力を込める。
途端、激しい頭痛に襲われ表情を顰めては髪をぐしゃりと掴む。
脳裏に過ぎるは以前孤児荘へ相手を招き入れた際に相手が持って来た古びた帳簿と孤児荘の床下にあった手紙。
『-○月○日:八百屋の息子の名前は宗介(ソウスケ)。-』
『-○月○日:酒屋の女将の名前はお市(イチ)。-』
手紙には何と書いてあっただろうか。
襲い掛かる頭痛に耐えながら懸命に記憶を辿る。
不可解な内容だと、食い入るように読んだ筈。
確か、確か内容は、______恐らく手紙を受け取ったであろう前日に相手が能力を使ったと言う事と、___己に対しての記憶がほんの僅かでも消えている事がないか不安な為、夜に落ち合おう。
そんな内容だった筈。
頭の中に声が木霊する。
「-あんたがいくら能力を使おうが俺はあんたの事を全部覚えている。安心しろ。-」
(頭痛が治り己の顔を覗き込む相手を見詰めては何かを言い掛け口を開くも花魁と娘の存在が脳裏を過ぎる。
「千代の所へ行かないと。…多分、あんたを心配してる。」
短く答え相手の腕を掴み花街へと抜けるも其の間に一切の会話は無く、ただ時間だけがやけに長く感じ取れて。
(花魁の店に到着し、以前己が通された部屋に案内される。
襖を開ければ娘と花魁が何か話をしていた途中の様子。
『おや?あんたが“先生”かい?こりゃまた色男を見付けたもんだ!』
花魁の明るい声が響き、先程の出来事など忘れてしまいそうになる。
娘が相手の元へ走り寄り『先生!!!何かされてない?無事なのね?怪我は、』と涙ながらに騒ぎ立てる中、己はただ茫然と其の姿を見詰めていて。
声を掛けられ花魁に向き直り、娘に是迄の事を話そうとするも花魁は首を横に振り全て話したという旨を伝えて来て。
まだ僅かに距離感は感じられる物の、相手の前で仲睦まじく戯れ合う二人の様子に胸を撫で下ろして。
(街へ戻ろうと店を出る際、花魁に袖を掴まれては『爛、迷惑かけたね。彼方の先生にもしっかり伝えてくれ。…今更母親面出来るなんて思わなかったよ。きっと紅が引き合わせてくれたんだね。』と耳打ちされる。
手を振り見送る花魁を背に、相手の背に背負われながら寝息を立てる娘にちらりと視線をやっては「念願の姫抱きはどうしたのやら。」と。
煙管を咥え夜道を歩きながら、何か話を切り出そうかと思考を巡らせるも何も浮かばず。
相手の能力に関して、触れて良いものかと頭を悩ませるも何故か自分に隠し事をしている其の様子が気に障り。
全く持っておかしな話、自分と相手はそんな間柄では無い。
煙を吐き出し、「あんたは、距離を詰めた相手に対して隠し事が大層下手だな。」と何とも阿呆らしく遠回しな触れ方をして。
明日は貴人の娘と街に赴く予定が入っている。
相手に働いた前回の無礼を謝罪したいとの事。
どうせ明日も会う事になるのだ。本当に相手とは何かと縁がある。少しばかり不安に曇る感情のまま漸く相手に視線を向け。
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