主 2023-02-11 00:33:03 |
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( 頬に触れる他人の体温、低俗な交換条件、全てが不愉快で表情が歪みそうになるのを堪える。
いっそ、ほんの少しだけ条件を飲んでやろうと思った。
其れで事が収まるのなら。然し、脳裏に過ったのは何故か相手の顔で、相手以外に触れられることに腹の奥底から激しい嫌悪感を覚える。
可笑しな話だ。相手にだってそう触れられたこと等ないのに。
___!?
( 此方から触れるのは不本意だが致し方ない。
相手が戻ってきてくれているなど露知らず、条件に乗ってやるフリをして大名の頬に触れ能力を解放しようとしたまさに其の瞬間、襖が開け放たれ現れた相手に目を見開く。
刀を抜く姿は美しく、怒りに燃える深紅の瞳に惹き込まれる。
己の為に戻ってきてくれたのではと場違いにも期待して震える心。
然し自惚れている場合ではなく、従者たちは相手を取り押さえようと刀を抜き、大名は声を荒らげて
『御前、もう護衛の任は済んだはずだろう!何故戻ってきた!』
( 品位の欠片もなく吠える大名、従者たちも今にも刀を振るわんとしておりそうなれば何かと面倒。
相手の目の前で能力を解放するのは躊躇いがあった。
でもこんな下衆の為に相手の手を汚させたくない。
一瞬の間の葛藤の元、大名に触れたままの手に意識を持っていき能力を解放する。
“ 花魁とその娘には今度一切手を出さず関わりを持たないこと。交換条件は己と偶に酒を飲み交わす。”
と契約を交わした記憶を改竄する。
流石に無条件では不満が残るだろうし、ある程度関わりを残したほうが大名の動向も探れて視察にもなる。
酒の相手くらいならと妥協した次第。
大名はぴくりと身体を強張らせぼーっとする。
「そういうことだから、次会うまでに良い酒を用意して待っててくれ。で、この手はなし。今日は疲れたからお暇させて貰うよ。」
『…ぐ、解せないが仕方ない、か。…だが何故…。いつのまに、儂は…』
己の頬に触れる手を退けると納得いかない様子の大名と困惑気味の従者たちを無視して立ち上がる。
着物の裾を軽く払うと相手に近づいていき刀を持っていないほうの手を取り「ほら行くぞ。」とほぼ強引に手を引き屋敷を出て。
( 屋敷を出て冷たい風の吹く夜道を手を引いたまま暫く歩く。
人気の少ない路地へと回れば漸く足を止めて相手と向き合って。
正直、相手に何か悟られてはいないかと畏れていたが平静を装い。
「別に戻ってこなくても良かったのにな。…心配して戻ってきてくれたのか?」
( 冗談っぽい口振りで小さく笑みを浮かべるも、何となく気まずく咳払いをして。
「あの大名が今後あの二人に関わることはないはずだ。御前が上手く逃してくれたから事が運べた。あの二人の様子はどうだった?親子でちゃんと話し合いできそうだったか?千……、」
( 花魁とその娘、二人の様子を気にして問いかけ娘の名前を口にしようとし、はっとする。
名前が、出て来ない。“千代さん”と娘の名前は何度も口にしているし、ど忘れするなんてことは通常はあり得ない。だが、一瞬浮かんだ名前が霧状になって脳内で消えた。
帳簿には名前が記してある。然し相手の前故に直ぐには見られない。
微かに狼狽えて視線を泳がせた後「…あの子、いつも何処か寂しそうにしてたから気になってたんだ。上手く話し合えるといいけど。」と誤魔化して眉尻を下げ下手くそに微笑み。)
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