名無しさん 2022-12-02 18:14:09 |
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( 大人になってくると何事も段々と期待なんてしなくなってくるもので。何かがあった訳じゃなくても、色んな状況や人に触れると自然とそうなっていく。悲観的なんてとんでもない、寧ろ前向きだよ。だって期待なんてしなくたって生きていけるし、美味しいご飯を食べて楽しく過ごせる。時間が過ぎるのなんてあっという間で、ただ気にせず笑っていれば大概の事は通り過ぎていくんだから。それでいいし、それがいい。…なのにお前ときたら。自分が彼への気持ちを自覚し始めたキッカケなんて思い出せないくらい自然なものだったが。以前はともかく、はっきりと確信を持ってからというもの二人きりになる場面なんてほんの一瞬、数える程度しかなかった。その理由だってなんとなく察しはついている。ただその一瞬でさえ、俺を見るその目が、その表情が。どんなに空笑いしてみたところで、胸に焼けついて消えないんだって。だから、またとないこんな絶好の機会を逃す訳ないでしょ。フライパンに油を引く彼を横目にシンクの前に立ち、洗い物は溜めない方が良いだろうと。すっかり役目を終えたピーラーとまな板に洗剤を付けたスポンジで軽く擦り、のんびりした動作で洗い流せば水切りラックへ。「 うん、ダメ。3択なんだから簡単だろぉ 」不機嫌そうな面持ちの彼に敢えて気の抜ける様な軽い声を掛ける。すると返ってきたのは予想通りというか、不本意というか。…片思い。何となく其れを選ぶんだろうとは思ってたけど。なんだか棘のある口調で言い放つ姿はこの子の綺麗な見た目に妙に合っている気がして、冷美男とでも言うんだっけ。絶対に同棲できないなんて、幾ら平然を装っても好きな相手から出た言葉だと思うと思わず苦笑いが溢れてしまう。実際その通りだなぁ…なんて筋肉質な腕でフライパンを振る彫刻の様な横顔を眺めながら。「 …ん、じゃあ俺の片思いね。」こくこく、納得した様子で数回浅く頷けばぽつりと。その瞬間、炊飯器からご飯が炊けた事を知らせる軽快な音が。本当ならもっと蒸らした方がいいんだろうけど、生憎先程より空腹感を感じていて。棚から食器を取り出しては其れに早めにご飯を2人分盛って、すぐ炒められる様にキッチン台へ。「 はぁ~…ぺごぱ~。」不機嫌な態度なんてお構いなしで。不意に彼の背後に回り自分より少し高い肩へそっと顎を乗せ間延びした甘い声で呟く。…ねぇ、俺の可愛いみんぎゅ。お前は俺に好かれてるって自覚がちょっと足りないみたいだ。だからこれくらい良いでしょ?それこそ、彼が選んだ通り片思いなら意識させないと始まらないんだし。衣服越しからでも分かる逞しい腹筋に腕を回し、体をぴったりとくっけて後ろからぎゅ…っと抱きしめる。「 …2人きりで朝からご飯作って、何でもない話して。好きな人と過ごす時間がこんなに幸せなのに、胸のとこが苦しいんだよ。…もういい大人なのにね。」刻一刻と時間は過ぎて、白んだ朝日はキッチンにまで差し込んでいる。誰も居ないリビングはしん、と静まり返っていて、本当の2人きり。トクン、トクン。徐々に早まって跳ねる鼓動も、彼の背中にぴったりと密着しているせいでこの胸板から伝ってしまったら。どう言い訳しようかな。「 お前のせいだよ、みんぎゅや。」意識させようって目論見だったのに。本音がぽつぽつと溢れてくるから厄介だ、らしくもない。「 ……どうしてくれるの…? 」フライパンの中身を眺めていた目線を間近にある彼の横顔に移動させ、また甘い声で囁く。柔らかい朝日が目元を照らし、淡い白に染まった長い睫毛を目尻と共に下げながら。 )
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