匿名さん 2022-11-22 12:40:22 |
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(向けられた笑顔は雨上がりの晴天を思わせた。雨降って地固まるとはいかないものの、形ばかりでも笑みを湛えた少女を目にすれば、不意に虹を見つけた時のようにふっと心が軽くなる。張り詰めていた気を長い息に代えて吐き出した後、無意識のうちに呼吸が浅くなっていたことに気が付くと、二人の客に悟られないようさりげない深呼吸を一度。それから点検するように体の各所へと意識を向けては、それぞれ膝と机上で固く結んでいた左右の拳からもゆっくりと力を抜いて。体の強張りを解いてしまうと、店内には微かな息遣いと少女が一心に食事を進める音だけが響く。町の軽食屋に洒落た背景音楽など流れているはずもなく、その他には時折風が窓ガラスを掠めてゆく音が聞こえるばかりで。三人きりの店内、一つのテーブルを囲んで大人が子どもを見守る構図、机上の花、差し込む夕陽の色。眼前には先刻と何一つ変わらない光景が広がるが、そこに漂う空気は明らかに変質している。少女の肩越しに眺めていた窓の外の風景からテーブルの柾目へと一度視線を落とすと、涙の、というより摩擦のせいで赤く腫れた目元を見遣る。一目で傷付いていると分かる皮膚は、思わず手を伸ばしてしまいたくなるほど痛々しい。同じテーブルを囲む青年ならば、注意深く、しかし迷いなく触れるだろう。対して彼のような覚悟も愚直さも善心も持ち合わせない自分はといえば、不用意に触れて痛がらせるくらいなら、と目を逸らして見ない振りをするのだ。そしてそれは、詮索しない代わりに自身の抱える事情も詮索されたくないという気持ちの裏返しでもある。先程から肌に感じる青年の物言いたげな視線を躱すように少女へと笑みを向けると、まるで食事を供してから今までに何も起こらなかったような、馴れ馴れしくも余所余所しくもない口調でおかわりを勧め。それで役割は果たしたとばかりにお茶を濁すと、少女の空腹が未だ満たされていないのであれば空になった器に再度食事を盛り、もう満腹だと言われれば食器を下げて説得の間カウンター内の洗い場に留まるつもりで)
はは、いいえ。おかわりもあるから、いくらでも食べてってくれよ。
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