匿名さん 2022-11-22 12:40:22 |
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(橙色の花弁をそっと指先で撫でてから顔を上げれば、カウンターを挟んだ二人が顔を寄せ合っているのが目に入る。そんな様子に申し訳ないような気持ちになってしまうのは、そこで交わされているであろう会話の内容に心当たりがあるからこそだ。それでも、新しい家で一人眠りについたあの夜。上手く息をすることができなくなった瞬間に、どうしたって飛び出さずにはいられなかった。故に無理やり視線を彼ら引き剥がすことで苦い気持ちを押し込めては、改めて店内をぐるりと見回して。先の青年の言葉は何も方便だけと言う訳ではなく、確かにここからはお店の中が一望できた。ぽかぽかした陽だまりのような店内だけでなく、椅子の分だけ視界が高くなったことで、カウンターの向こう側にも更に空間が続いていることが窺える。ここは食事をするお店だとあの青年は言っていたから、向こうにあるのは調理場だろうか。孤児院のそれよりも広々とした空間にほんの少しの憧れを抱きつつ、再び彷徨わせた視線は壁に掛けられた一枚の絵で止まり。広大な草原の中に佇む風車は、どこか丘の上の孤児院にも似ている気がした。そんな感想も手伝って、暫しほっとするようなその色合いを眺めていれば、話が終わったらしい二人がちょうど歩み寄ってくるところで。椅子の横で膝をつく彼に合わせて身体をそちらへと向け、更に背筋をしゃんと伸ばせば、見上げて来る瞳をまっすぐに見つめ返す。先ほどよりも近くで見ることができたその色は、やはりきれいに澄んだ水のよう。涼しげな目元と、すっきり束ねられた銀灰色の落ち着いた光沢。どれも冷たい印象を受けるはずなのに、纏う空気と丁寧な所作のためか、不思議とそうは思わなかった。「……はじめまして、ジルさん」先ほどの青年の時もそうだったが、あいさつは笑顔でと心の中では思っていても、上手くできていないことが自分でも分かる。それでもぎこちない笑みを精一杯に浮かべたのなら、きっともう青年から聞いているだろうに、名前を尋ねてくれる彼への感謝と共に自身の名を口にして。「セラフィナ、です」そうして名乗った名前が彼の声で繰り返されれば、胸の辺りが温かくなるような感覚に、知らず胸元で両手を握る。続く問いにはゆっくりと一度瞬けば、好き嫌いは無いのだと主張してから、視線を膝の上へと落としつつ控えめに好みの料理を口にして。思い出すのはかつての賑やかな食卓。まだ意識していないと上手く使えない敬語が外れてしまえば、その言葉は一切を飾らないものとなる。故に懐かしむような、あるいは寂しがるような、そんな響きを伴って)
……食べられるものはなんでも好きです。でも……ふわふわのオムレツの日は、いつもよりちょっとうれしかった。
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