飼い主(仮) 2022-08-31 22:16:54 |
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(まだ洗濯されて間もない洗剤の香りがするタオルを踏みつけながら両脇に開けられた小さな穴、その片側から子猫は外の様子を窺った。冷たい床の向こう、天井にぶら下げられた灯りが照らす室内に人影が見える。それはごく自然な足音をもってこちら側へ近づいてくる。暖かい室内、幾分かはっきりとした思考の中で子猫はぶるりと尻尾を震わせた。子猫が身体を預けるキャリーに影が差す。上から伸びてきた巨大な手はキャリーの蓋に手をかけて、子猫が身を寄せるそれをちょっとだけ開放的にさせた。同時に、子猫にはそれが少し怖かった。それからおそらく男のものであろう声とともに、目の前に小さな醤油皿が差し出された。平たく凡庸ななりををしているそれは、子猫にとって生まれて初めてみるものに他ならなかった。子猫の顔ほどもあろうかという真っ白なそれは、子猫が今喉から手が出るほどに欲しいものを浮かべて――あるいは、持ち上げているように見えた。子猫が純粋な好奇心をもって、おそるおそるそれに手を伸ばしてみると、すんなりと触れた足先の体毛からそれは肉球を濡らした。湿った肉球に舌を這わせれば、何日かぶりに澄んだ水の味がした。子猫はそれから結局、皿の中の水を全部飲み切ってしまうと、もっと欲しいとせっつくように鳴き始めるのであった。)
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