飼い主(仮) 2022-08-31 22:16:54 |
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…ミ゛ギャッ…!
(嗅ぎ慣れない臭いと珍妙な衣を纏った見知らぬ者たちに子猫は一層その身の緊張を固くする。彼が身を蹲らせた段ボールを運ぶ青年が受付に立つ女性に連れられて、いかにも人工的な雰囲気を醸す白い部屋に通されていくのを見て、子猫はぶるりと背筋を凍らせた。無機質な機械と一緒に机に居並んだ書類の束。部屋の中央に置かれた診察台に雲でも撫でるかのような手つきで降ろされた段ボールの中で、その僅かな衝撃に揺れる体毛が警戒から逆立つ。ふと、自身に向けられる視線がどうにも気になって、子猫はおそるおそる顔を上げてみることにした。そうして気が付いた。青年の顔に浮かぶ表情が形容しがたい歪みを湛えていることに。子猫はその変化に脳裏に過る記憶との確かな相違を感じたのだ。なんだろう。子猫はそれを見たことのない顔だと思ったが、不思議と嫌悪感は湧かなかった。変な顔をしている。ただそう思った。彼が青年の表情に無意識的に首を傾げている背後で、何やら男の声がする。「こんばんは。捨て猫ね…最近多いからねえ…どれどれ…。」という声はおそらく先程まで自身を見ていた青年にかけられたものなのだろう。子猫はピントの合わない視界が段々とひらけていっていることに、背中越しに耳に入った声の主に今持ち上げられ欠けているのだということを理解した。一般的な子猫とは似ても似つかないがらがらとした声音で上がった悲鳴。再び抵抗を始める子猫の様子などお構いなしに、当の彼は妙にこ慣れた手さばきで診察を続ける。「…うん。見たところ大きな外傷はないですね…ただちょっと……変な傷が何か所かあるんですけどね…これは…。」医者は神妙な面持ちで言い淀む。)
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