飼い主(仮) 2022-08-31 22:16:54 |
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…フーッ…フーッ…。
(泥にまみれてところどころが瘡蓋のようになった毛並みから温度を持った何かが離れていく。子猫は覚束ない五感が映し出す世界の中で、安堵のために弛緩した手足からずるりと崩れていった。態勢の維持を犠牲に得た安楽さはひどく煤けた雨の臭いがする。伏して尚、彼は唐突に自身の視界に映りこんできた第三者を許さなかった。言うことの利かない口を無理やりに開けて牙を向ける。威嚇として成り立つかも怪しいそれは、もはや公園の土埃を巻き上げる小さな風にも掻き消されそうな弱々しいものだった。子猫はわなわなと衰弱した体躯を震わせながら、数日前に訪れた痛みの原因について思い出していた。寂れた公園への小さな来訪者。子猫より大きく、今眼前にいるモノよりも小さいそれらは、加減の知らない粗暴な手つきで子猫を弄んだ。石の投擲でできた無数の痣が、宙に投げ出された際の傷跡が彼をひどく痛めつけた。彼には、今目の前でこちらに手を伸ばすモノが記憶に残るそれらよりも、ひどく恐ろしく見えた。揺れる視界に映る黒い影はそのまま、子猫の入った段ボールごと持ち上げたようで、ゆっくりと安定した地盤から離されていく、その抗えない恐怖に彼は今度こそ、その身を丸く縮こまらせることしかできなかった。暫く揺り籠というには些か居心地の悪い揺れが続き、薄弱とした色彩の中で、何度目かの目に悪そうな光りを見止めたときだった。不意にそれらがぴたりと止まる。ここからでは表情の伺い知れないそれは、緑色が光る看板の建物に入ろうとしているようだった。)
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