匿名さん 2022-08-02 08:33:24 |
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( 彼女に椅子を勧めて、それからまたスマートフォンに目を落とす。自分で気がついているのかいないのか、横目でうかがった彼女の表情はあからさまに嬉しそうで、しかしそんな恋人とは対照的に、自分は感情を表に出さない。出せない。常に別れの時を考えているから、常に逃げ道を探してしまう。『別にそこまで好きじゃなかった』、『本気になんてしていなかった』、『他の奴らと一緒だと最初から分かっていた』。彼女ならそばにいてくれるのではないかと期待するほどに、彼女がいなくなる不安に耐え切れなくて自ら遠ざける。矛盾している。そんな自分にうんざりしながら、もう何も期待したくないと思いながら、また、無意識に期待している。先程の男とは何でもないのだと聞いてもいないのに弁解してくれることを、自身の素っ気ない態度に寂しげな顔をしてくれることを。どこまでも身勝手だと思う。けれどそれが、自分を想う恋人として当然の行動だとも思う。彼女の買ってきてくれた飲み物を一口飲むと、口の中にほのかに苦い味が広がった。きっと、普段よりも苦い。見れば彼女も水筒の蓋を開けて何か飲んでいて、彼女の方は今どんな味なのだろう、とぼんやり考える。こちらが逸らすより先に彼女が視線を逸らし、ついでのように褒め言葉をこぼすが、視線が合わないためにどれを指しているのか一瞬迷う。自身のまとう一式を見下ろすと、恐らく今日の衣装全体のことだろうと推察し、ぽつりと呟くように返して )……ああ、こういうの好きなの。
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