狐の面 2022-06-16 12:41:30 |
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──そうだなぁ、私には人間の食い物は美味いとも不味いとも思わなんだ。いわば“普通”としか思えない……強いて美味と感じるならば、人間の“生気”だ。
(柔い肌は吸い付くようで餅のようだと感じてしまえばいつまでも撫でていられようがそれでは相手もいつまでも飯にありつけないかと判断して器用に箸を持つ姿を見つめながらいくつか口にものを運んだところで、肘置きに肘をついて相手の食べている様子を見ようとした所、掛けられた言葉にはなんて答えようか悩み。味覚が違うというのは必ずしも正解で、最初こそこの家に憑いた時はあれこれ出された食い物を突っぱねて抵抗したものだが、それを“赦さない”者たちのおかげで何度も嘔吐を繰り返しながら食べる日々が続いたのを今でも昨日のことのように思える。次第に慣れてはきたものの、味についての評価など出来るはずもなく取り繕ってきたが今ではそれは慣れに近い。目の前に並べられた豪勢な食事、所詮味が分からない者に出すならばその食材を買う金で慈善でも何でも行えば良いものを、無駄に浪費する人間の考え方は未だに理解に苦しむ。悲劇、妬み、憎悪、好奇、嫌悪、怒り、あらゆるものがこの屋敷にはすみついており幾度も耳にした恭しい声、何度も見た冷徹な態度。たくさんの矛盾がある邸は時折、息が詰まりそのまま死んでいくのかとさえ錯覚する程に苦しい場所であるが、こうして何度も嫁を迎え入れ何度もその終わりを告げたくさんの死と向き合う中でも唯一の愉しみは正しくそれ。視線を外して少し考えてから、くつりと喉を鳴らして笑いをひとつ零すと崩していた上体を起こし相手の身体を軽々しく抱き寄せては空いている片手でとん、と子供のまだ小さい心臓部分を黒い爪で軽く叩いて)
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