匿名犯罪者 2022-04-11 23:45:27 |
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(どうやら微笑むことまでは奪われていなかったらしい。少女が初めて見せた口元の変化は、ふつうに較べればささやかではあるが、それでもこの部屋では小花の綻びのように鮮やかに映えた。偽りの両親が彼女を安心させたのだろう。一瞬だけ見せた外界への躊躇もすぐに踏み越えてくれた様子から、掴んだ、という確かな手ごたえを得た此方も、満足げに目を細め。
冷えた薄い手をとり、歩き慣れていないだろう足取りに合わせながら部屋の外へ。背後に置いてきた『引き裂かれたもの』たちと少女の繋がりは、ドアを後ろ手に閉めることでさりげなく断ち切ってしまった。生かそうが殺そうが、もうこの場所には二度と戻らせないと決めている。
階段を上がったそこは、先刻よりも闇の深まったリビングルーム。懐中電灯で見出したローテーブルのランプを点ければ、窓の外に漏れない程度のオレンジ色の明かりがぼうと広がり。少女にはソファーに座るようすすめ、ついでに籠に乗ったスコーンも軽く押し出して食べるように促す。一方の自分はそのままカウンター越しにキッチンへと回り。照明をつけ、薬缶で湯を沸かすついでに油をひいたフライパンまで熱しはじめた。少女の口を割らせる目的抜きに、きちんとした腹ごしらえをしたい気分になっていたからだ。少量の水を入れたポットを電子レンジで温めるのも、探し出した茶葉の缶をカウンターに並べるのも、まるで以前からそうしているかのように当然の雰囲気が纏う所作。冷蔵庫を開けて中の品揃えの物色さえ始めながら、背中越しに語りかけ。)
良い時間だから、君に紅茶を淹れるついでに軽く夕食でも作ろうかと思うんだけど。フレデリカは、何か食べられないものは? 俺の知り合いは昔エビアレルギーで死にかけたことがあってね……そんな目に遭わせたら大変だ。
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