匿名さん 2022-02-27 12:39:30 |
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▼晶
あっ、待ってください…!
( 晶の言葉を貰ったオーエンが数秒口を閉ざしたのを見て、嫌な予感がしたが、晶は、彼が、彼の手の中にある小さなクッキーへの興味を失う未来を祈るしかなかった。しかし、無情にも、クッキーはオーエンの薄い唇に近づいていく。それは、まぎれもなく、今度こそ彼がそれを咀嚼しようとしている合図に他ならなかった。晶は先程までのヤマネコのような用心深さも忘れて、その足を動かした。いったいオーエンを何がそうさせたのだろうか。もしかすると、慎重になりすぎてしまったのが、逆によくなかったのかもしれない。晶は後悔に足を引っ張られるような感覚に陥りながら、蛇のように、あるいはミルクを舐める子猫のように、桜色の舌を伸ばす彼を見て、歩みを緩める。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、次の瞬間、晶は、目の前で、オーエンの口に包まれるように消えたクッキーの欠片を瞳に映して絶句した。た、食べた…。灰色の髪を揺らしながら、訝しげに食べかけたそれを見つめるオーエンの姿に、晶は顔色を失っていく。不機嫌な彼を想像してしまったからだ。ところが、上から落ちてきた彼の言葉には、苛立ちも失望の念も感じられないように思えた。それは、少なくとも追い詰められた鼠のように青ざめる晶が想像していた彼とは異なるものだった。 )
その…砂糖の種類を間違えてしまって、思うように甘くならなかったんです。それで、今からもう一度作ろうと思ってたところで…。
( 引っ込み思案な子供にも似た動作で、どうにも恥ずかしくなって、無意識に耳の後ろを触る。 )
▼シノ
( 道を行き交う、あるいはその身に杭を打たれたかのように立ち止まる人々に、半ば引き寄せられるような形でシノは店を飛び出した。二人が通りに顔を出すと、今までガラス越しに聞こえた人間特有の憎悪を孕んだ声がよく耳に入ってきた。シノの眉間に自然と皺が寄る。荒らされた荷馬車。足跡が付いた食べもの。憎しみを湛えた声音。それらが判断材料となってシノの頭の中でぐるぐると回り、シノに、目の前の凄惨な光景が強盗現場のそれだという事実を嫌でも理解させた。歯ぎしりをする店主の視線を追うように空を仰ぐと、フードを目深に被った男性とも女性ともつかない格好の人物が箒に跨っていた。しかし、その動きは妙に緩慢で、どこか千鳥足の老婆を彷彿とさせるものだったため、シノは目を細める。強盗犯は背中に大きな荷物を背負っているようだった。白い布で包まれたそれは、今にも突き破らんという勢いで膨れ上がっていた。いくら覚束ない飛行だとしても、魔法使いは箒に乗っている。なんにしろ、時は一刻を争う状況と見て間違いなかった。シノが早口で自身の呪文を唱えると、目の前で箒がゆらゆらとその姿を現した。そうして、シノは、名も知らない誰かが吐いた魔法使いを貶める陰口も、それを耳にして心を痛めるネロにも気が付くことがないまま、空へと舞い上がる。急激な上昇の負荷にシノの髪が下を向く。つられるようにして、俯いたシノは、水色の頭を見つけて、一言こう言い放った。 )
おいネロ!あいつを追うぞ…!
( シノはすぐに顔を上げて、眼前を行く箒に照準を合わせると、徐々にスピードを加速させる。箒が建物の角を曲がる時、風に煽られた強盗犯のフードがあっけなくその身を落としていく。強盗犯は、シノよりも幼い少年だった。少年は傷だらけの顔でシノをその瞳に映すと、大きな目をさらに大きく見開いた。まさか、箒で追われるとは思っていなかったのだろう。 )
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