匿名さん 2022-02-27 12:39:30 |
通報 |
【 オーエン 】
口に合うかどうかは僕が決める。
( その身かお菓子か、どちらを投げ出しそして奪うにせよ迅速かつ無慈悲に実行に移していただろう…彼の言葉を聞くまでは。言い辛そうに失敗作であることを打ち明けられれば拍子抜けし、初めにキッチンを訪れた時に見た浮かない横顔にも何となく合点がいき。しかし、室内を包むクッキーの匂いのなんと香ばしく甘やかなことか。材料の1つであるバニラエッセンスはあくまで香り付けであり、入れても甘くならないことを知らないオーエンは香料に魅せられており。忠告はすれど一定の距離を保ったまま近付いてこない青年を冷ややかに見流した後、彼お手製のソレを勝手に口に運び。ちろっと、口内から赤く小さな舌先を覗かせ、さながら警戒心の強い野良猫のように舐めるだけに留めたのは一応、失敗作の三文字がネックとなったため。予想に反して苦味や辛味など不快な刺激が襲ってくることは無くもっとよく味見してみようと今度は半分ほど口に含み。咀嚼してすぐ、甘さは雪溶けのように直ちに消え去り夜月のように静かな旨味の余韻を残す。スイーツが苦手な者には優しい甘さなのかもしれない。ただ極度の甘党であるオーエンには物足りず、片目のみで不可解そうに食べかけのクッキーを凝視する様は推理中の探偵のよう。それからたった一言、怒りとも落胆ともつかない呆然とした声はいつもの嫌味というよりかは自然とこぼれ出た感想といった色を含んでいた。 )
…?なにこれ全然甘くない。
【 ネロ・ターナー 】
それじゃあ今度……な、何だ?
( 憮然としながらもどこか嬉しそうなシノにネロも目を柔らかく細め話に耳を傾けていた最中、突如として響いた誰かの悲鳴に意識が引っ張られる。怯えと驚愕に満ちた声は穏やかな昼下がりの空気を変え、店内に居る誰もがその表情を強ばらせていた。ネロとシノも驚いた顔を見合わせた後状況を確認すべく外に飛び出し。悲鳴の出どころはすぐ傍、向かい側の歩道にいる行商人の男性から上がったものだった。嘆声はすぐに怒号へと変わり『畜生!また“アイツ”にやられた!』と言って憎々しげに見上げた先は空。隣にはブラウンの毛色をした馬が一頭、心配そうに見えなくもない眼差しで主である行商人を見ていて。胴体に装着されたハーネスは轅を通して荷台と繋がっており商品がたくさん積まれている。しかし、視線を下に落として気が付いた。ぐしゃりと潰れた果実達、粉々に砕け散ったガラス瓶からは何かの薬と思しき液体が漏れレンガを濡らし、子供が好きそうなお菓子の缶詰めまで転がっている。見るも無残な状況から察するに強盗にあったのだろうと思いながら、気付かず軽く蹴ってしまった硬貨を拾おうと腰を落とし。売り物がだめになってしまった分せめてコレだけは届けてやらないと、そう思った時誰が放ったか。市場の喧騒に混じって確かにハッキリと聞こえたのだ、魔法使いを恨む暗く刃物のように冷たい声が。男が何故あんなにも憎らしそうに空を睨んでいたのか、痛いくらい納得すると同時に心臓が軋み息が詰まるような心地を覚え。 )
トピック検索 |