○ 月がふたりを分つまで / 〆

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匿名さん  2022-02-27 12:39:30 
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  • No.23 by 名無しさん  2022-03-07 21:00:52 




▼晶

っ、え…あっ!
( 空中に抱かれるようにしてその身を投げ出した平皿はまるで意思を持った生き物のように晶の目に映る。あまりの出来事に、言葉を忘れた晶は嗚咽のようなくぐもった音が自身の口から無意識に零れ出るのにも気が付かず、それを捕まえようと右往左往と手を動かした。しかし、変則的にのらりくらりと晶の掌を躱す平皿が唐突にその行く手を変えたものだから、必死に手を伸ばしていた晶の身体はその勢いを殺すため、体勢の維持を犠牲にすることとなった。千鳥足で二歩三歩と晶がその調子を揃えきる頃には、もう当の昔に白い皿の行方を見失っていた。あまり慣れていない動きに身体が悲鳴を上げたのか、臓器が揺れた感覚に胸を摩りながら、きょろきょろと室内を見渡す。やがて、晶は、部屋の入口に誰かが立っているのを視界の端で捉えると、それに焦点を合わせて、瞬きを数回繰り返した。さらりとした灰色の髪に左右非対称の瞳、そして何よりも造り物のように整った目鼻立ちを湛えた彼は、北の魔法使いであるオーエンその人に違いなかった。晶は驚愕をその顔に浮かべて、緊張と焦りから失った言葉を探すように乾いた唇をぱくぱくと動かしていたが、静寂を宿したキッチンに響く靴の音に触発されて、我に返る。 )
…こ、こんにちは。オーエン。
( オーエンの後に続く晶の声は明らかに混乱の色を含んでいた。言葉に乗ったその色が困惑に塗り替えられるまでの時間はそう長くはなかった。先程まで晶が必死に追いかけていた平皿がオーエンの掌の上で大人しくその身を預けていたからだ。 )


▼シノ

( 粉末状の何かが入ったガラス瓶の横で、色とりどりに陳列された液体。それらは、窓から運ばれた昼の光で嫌に眩しく感じた。そのうちの一つを手に取ると、左右にゆったりと揺れる波状がシノに重みを感じさせる。これは、油だろうか。それとも蜂蜜だろうか。或いは自分の知らない何かなのだろうか。シノはそのガラス瓶を揺らしながら、幼い頃の情景を脳裏に思い浮かべていた。赤や黄に彩られた花壇に、舗装された小道。シノの手を引く小さな煌めきが、鮮やかな春を反射して笑いかける。ああ、いつかこの人が気兼ねなく笑えるような世界になればいいのに。在りし日のあの春の思い出はシノの中で確かに息をしていた。店の奥から響く耳に慣れた声に、シノははっとして、記憶を描いたキャンバスを、或いは写真をしまうように、手に持っていた瓶を棚に戻す。名残惜しさを手つきに落としたのは無意識だった。振り返ると、呆れを含んだ苦笑いを浮かべてネロがこちらを見ていた。)
…別に。そっちはもう済んだのか。何を買ったんだ。


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