名無しさん 2022-02-07 20:13:11 |
通報 |
まぁ、命など呪いに等しいもの。他の有象無象ならばいざ知らず、貴方様に奪われるのでしたら喜んで捧げますわ。
( 凡そ人質が取るような態度ではないとは彼女自身も知っていた。しかし愛され育まれてきた令嬢ではなく、人生に希望など見出したことのない彼女にとっては命などむしろ呪いと吐き捨てる程に真にどうでもよく、頓着などはしていなかった。過去形だったのは、彼に出会ったからであるが。凶刃を抜くことはせず立て掛けた彼はしかし、冷えた牢獄にじんわりと反響した告白を至極当然に不審に思ったのだろう。「 ようやく目が合いましたわね、はぁ……トパーズなんかよりもずっと綺麗な瞳ですこと。 」、向けられた視線は彼女とは違い熱も何もなく、ただただ彼女の真意を図るよう怪訝な色を宿していた。左目は髪に隠れがちで見えづらいものの、向き合えばなんと綺麗な黄金色かと息を漏らし。寒さで僅かに青白かった顔色も、頬に差した赤みで和らげられる。彼の双眸は今まで見てきた宝石、その眩い輝きから王族が好んで身につけるイエローサファイアよりもずっと落ち着いた高貴な色が嵌め込まれていて、灯火の橙を反射し幻想的な雰囲気を醸し出していた。漂う空気も読まずに彼女の口から発せられたあまりにも突飛な言葉を命惜しさと考えるのは当然だろう、同じ状況に置かれたほとんどの者が助かるために媚びているのだと考えるはずだ、罪人が看守を誑かして脱獄した事例とて珍しいことでは無いのだから。彼の反応を分析していれば、騒がしくなった上階の振動に揺られて天井から砂埃が落ちてきた。髪に降りかかったそれを不機嫌そうに頭を軽く振って落とし、そっと首を上げて見上げ。「 随分と騒がしいこと。お祭り騒ぎとはこのことを言うのかしら。ねぇ、いつもこんなに賑やかですの?もう少し静かにできないのかしら、砂埃が鬱陶しくて仕方がありませんわ。 」、先程よりも少々荒々しくなった彼の態度は警告通り大人しくしない彼女への苛立ちか、あるいは上階の騒ぎのせいか。物静かな空間に響く外界の声は二人きりの世界を妨げる騒音にしかならずに、足の位置を変えるべくもぞもぞと動かながらも呆れ、あるいは不満を表すぶすりとした面持ちで尋ねて。建物が古いのか上階が騒々しすぎるのか、閉じ込められた時から不規則なタイミングで時折パラパラと降り注いでくる疎ましい砂埃に顔を顰めながら傲岸に彼の仲間へズケズケと文句を言ってのけて。 )
トピック検索 |