匿名のなめ 2021-12-25 22:01:06 |
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……ああ、充分だ。
(人形のような女が見せてきたのは、通例とは異なる2枚のコイン。どういうことか、と眉をひそめながら順々に確かめてみれば、1枚は自分と同じ600番台──ギャランテに長期雇用されている〝技師〟を意味する数字であり、これはまったく問題ない。しかしもうひとつは、滅多にお目にかかることのない900番台。つまり彼女は「ギャランテの子ども」、血縁以外の理由で幼いころよりファミリーの庇護を受けてきた者ということだ。
それは確かに有力な証拠だった。ペーチャの正体は謎めいているが、前代のカポ・レジームのひとりが引き取り、電脳戦の隠し球として守り育ててきたという情報なら自分も聞きかじっている──成長した先の姿がこの奇妙な出で立ちの女だとは、さすがに思いもよらなかったが。くわえて、900番台のコインの存在は、ここ数十年という範囲で見てもごく一部の人間しか知らされていない。そもそも、イレギュラーな2枚目を出すこと自体、その意味が通じる者が見なければ完全に不可解なはずだ。実際、自分もこうして久々に目にするまではそのやり方があることを忘れていた。
とにかく、彼女はペーチャ本人だ。後で念押しの電話を入れる必要はあるものの、モレロからコインを預かったのは間違いない。あの男は、こちらが彼女についていくらか知っているのを見越して、揺るぎない本人証明としてこの2枚目を持たせたのだろう。「そのうち子守を頼むかもしれない」という以前に伝えられた言葉も、この特殊なコインで納得がいく。
……つまり、いきなりこの女の身元を引き受ける羽目になったのは否定しようのない事実だという、すこぶる面倒な状況変化が確定してしまったわけだ。
ここまでの思考回路を巡らせるのにかかったのは、彼女の退屈そうな問いかけを耳にしてから3、4秒のこと。目頭を揉みながら絞り出すように唸り、彼女のほうにコインを押し返すと、半身を起こして座椅子に大きく背を預ける。
今夜どころかこの先しばらくの休みの計画が狂ってしまった億劫さは、煙で誤魔化すほかあるまい。青い箱から一本取りだし、向かいの女に何ら遠慮せず火を点けて吹かしながら、数ヵ月ぶりの慣れた口調でまずは説明。──相手がうら若い娘といえど、憩いの地である自分の寝室を譲る気は毛頭ない。生活領域の区別、やむにやまれぬ同居生活であることをはっきりさせるかのように、淡々と告げていき。)
詳しい話はモレロに俺から確認するが……ペーチャ、おまえの生活拠点がしばらくここになるということでいいな。
ベッドはレジデンスの管理人に来客用のそれを持ち込ませるが、今はもう対応時間外だ。だから今夜のところは、とりあえずそこのソファーで寝てくれ。掛けるものは貸す。
空きのクローゼットは玄関の左、バスルームはそこを入って右だ。食事は好きに摂れ、冷蔵庫の食糧が不満なら買い出しは自分でするように。ここを降りてエントランスを出た向かいに店があるから、生活用品はそこで揃えればいい。
リビングで寝起きしてもらうことになるから、仕事のための配線を引く必要があるならこの部屋に頼む。……ほかに質問は?
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