匿名のなめ 2021-12-25 22:01:06 |
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──その人はかつて、最愛の存在だった。
生活苦のせいで日に日にやつれていく彼女を見れば、どうにかして助けたい、そう思うのも必然のこと。
親父の稼ぎだけでは足りない。長く厳しい季節労働、おまけに狭苦しい車中生活では、到底からだが休まらない。
なら、俺が金を稼げばいい。学校など二の次だ。少しでも生活の足しにして、贈り物だって買おう。すべてはもう一度、あの人の笑顔を見るため。また抱きしめてもらいたかった。
そんな、無垢な子ども時代。
けれど、あの人はいなくなった──俺に瓜二つの、双子の弟だけを連れて。
家には怒号と、混乱と、寒さだけが取り残された。
──────────
……、くだらねえ。
(長く耽っていた物思い、しかしそれを振り切るように、小さく鋭いため息をひとつ。漆黒のクライスラー300を片手ハンドルで操作しつづけるまま、もう片方の手でジタン・カポラルを咥え、ライターで火を点けた。広がる苦味、肺に煙が降りる感触、脳に染み渡るニコチンの味。心地好い──己を取り戻していくのがわかる。
そうだ、この心の乱れはあくまで、今回の標的のせいにすぎない。富豪の息子だというあの男が、数年前に見つけたミゲルと同じように検察官をしていて、背格好もよく似ていたから。だから連鎖的に思い出しただけ──時が経てばどうでもよくなる。
それでも念には念をと、車内の音楽プレイヤーを再生し、ふとすれば脳内に蘇りそうになる情景をロックで無理やりかき消した。ストリングスを利かせた特徴的なイントロに続くのは、どこまでも爽やかな男性ボーカルの歌声。エルサレムの鐘にローマ軍の聖歌隊といった、華やかなモチーフのサビに差し掛かるころには、気分もだいぶ和らいでくる。
歌を聴くのは好きだった。本や映画も同様に、自分の人生を彩ってくれる数少ない楽しみだ。今夜で受注分は一旦すべて片付いたことだし、久々に何かゆっくり観ながら夕食にするのもいいかもしれない。何がいいだろう、弱冠28歳のスピルバーグが手掛けた世界一有名なあのサメ映画か、カメラが初めて森に入ったとまで評された日本のあのクロサワ映画か。
そんな計画はしかし、レジデンスの車庫に車を入れてエレベーターを上がり、玄関に着いた瞬間霧散した。……古典的な方法だが、念には念をとドアの隙間に木の葉を挟んでおいたのだ。それが見当たらない。管理人が勝手に立ち入ることなどなければ、構造上、風に吹かれてなくなることもないはず。つまりは──誰かがドアを開けたのだ。
究極まで無駄な思考を削いだ頭をフル回転させながら、煙草を捨てて踏み潰し、数時間前に使った拳銃の薬室を確認する。弾丸は残り4発。先手を取られなければ、制圧にはおそらく充分。
肚を決め、案の定鍵の掛かっていないドアを警戒しながら押し開いた。電気はついていないが、真っ暗ではない──奥の方に薄明かりが見える。後ろ手にドアを閉め、安住の地ではなくなった我が家に足を踏み入れる。突き当たりの正面には黒いジャケットにジーンズ姿の男が仄暗く浮かんでいたが、鏡に映る自分だとわかっていた。リビングルームのソファーからその鏡を見れば、玄関の来訪者を確認できるようにしたからだ。つまりはあちらも鏡さえ見れば気づくはずだが、その気配はない……耳を澄ます。カタカタという音が聞こえる。タイピング音か?
一歩、二歩、三歩、五歩、七歩。足音と息を殺して辿り着き──様子を伺い──最小限の家具以外置かれていないがらんとしたリビングルームで、ついにそれを目にした途端。銃口こそ降ろさなかったものの、気配が漏れ出るのもとどめられずに絶句した。暗闇に沈んだそこには、白く小さな、やけに造りものめいて見えるかんばせが、ぼうと浮かんでいたからだ。
見知らぬ女だった。顔を照らしているのはノートパソコンの液晶画面で、女は床に座り込んだままそれを一身に眺めている。ゴシックドールとでもいえばいいのか、ある種のカルチャーにあるデザインとは知っているもののまるで馴染みのないその姿は、まるで精巧に造られた愛玩人形のようで、人間味が感じられない。
だれだ? なんだ? そんな気配は感じられなかったが、この無防備な様子を見るに、外に仲間がいるのか。いったい何のために──こんな……妙な雰囲気の女が。)
大変お待たせいたしました……!
様々なお返事、またシャルと洋菓子を……というお言葉から、ノナメ様もこの物語に愛着を持っていると知り、温かい気持ちになりながらアレクについて再考察してまいりました(その辺りで更に時間がかかってしまいました、申し訳ない!)。
初回についてはこのままで大丈夫です! 奇妙な出会い、こちらとしてはむしろウェルカムでございまして。この通り、よもや曲者かと色めきたっていたアレクが、まさかの美少女人形(※人形ではない)出現に思わずぽかんとしております。なんなら若干のホラーだった様子……。
とはいえシャルも銃を向けられているわけで、とりあえずはお互いに誤解をとくところから開始になりそうですね。このあたり、アレク側で「子守を頼むかもしれないという話はギャランテから聞いていた」「ギャランテの飼うハッカーのひとりにペーチャと呼ばれる者がいる」「マフィアもIT戦を迫られるこのご時世、ギャランテはペーチャの腕を(彼女のポリシーにやきもきしつつも)重宝している=アレクは遇さざるを得ない」などの前提知識を有していることでスムーズになればと思っております。
また、シャルがギャランテの雇われ暗殺者に過ぎないアレクの家に身を寄せることになった経緯について、「ギャランテ内部の人事及び不動産関係が警察の捜査を逃れる目的でごたついており、有能だが扱いにくいお抱えハッカーに必要以上の厚遇もできず、とりあえず信用のおけるギャランテ外部関係者のアレクに丸投げすることにした」……みたいなものでいかがでしょうか。
またロルの字数について。初回故長くなりましたが、こちらもテンポよく回すとなると200~400字程度(今回のロルでいう1~3段落程度)になる予定です。マンモスロルも大好物なのですが、長ければ長いほどシャルとの絡み部分の比重が減ってしまう問題もあるため、モノローグや情景描写、回想などを必要としない通常のシーンでは、行動や感情変化も短くまとめて打っていきたいと考えております。
最期に、アレクの設定について少々追加・変更を。
【追加】コードネーム:クラネオ
【追加】書類上の偽名:サウロ・フリアス
【変更】幼い子どもを殺すのがトラウマ:掘り下げるうちに違和感を感じたため削除。そこまでの倫理観はない。ただし、「寂しそうな眼をした貧しい子ども(=幼少時代の自分)」には、多少目をかけるところがある。
【変更】動揺する標的:弟ミゲルに似た子どもや大人。「母に望まれた」ミゲルへの妬みを代償的に晴らせる一方、「母に望まれなかった」己の劣等感を自覚してしまうため。大人になったミゲルのことは、数年前に偶然見かけてから調査して知っている。もっと暴けば母親のもとにも辿りつけるとわかっているが、そうしていない──会って問い詰めたいが、どの果てにきっと殺してしまうとわかっているので。
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