怪しいひと 2021-09-27 23:06:20 |
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( 最中は省みる間もなかった彼女の様子を窺うに、どうやら目立った外傷はない模様。一息を付いたのも束の間で、腕に押し当てられた熱にはっとして一瞬言葉を飲み込む。「大丈夫だよ、唄。…痛くないから」相手を安心させるために笑うという手段は己にはなく、先程歪めた墨染は平常と変らぬ無機質さを保っていて。伝播する頬の熱さとたどたどしい声に申し訳なく思いながらも、彼女の心配を払拭する振る舞いが出来ずに長く嘆息。せめてもと未だ自由な方の手を白髪の上に乗せ、指を通すようにぎこちなくかき撫でて……頭皮に爪が食い込まないよう、恐る恐る。慣れていないことが一目でわかるだろうそれは、長年の孤独故に自分で気付くことはない。それでも指から伝わる髪の質感は幼子の生を感じさせ、幾らかの安心感と共に小さく肩を上下させて。「きみに怪我がなくてよかった。俺は大丈夫だけど、怖い思いをさせてごめんね」こんなに小さな身の丈なのだ、下手をすれば丸呑みにされていたかも……なんて、考えただけで胃の腑の底が冷えた。それでも夜の景色は不気味なほどの一定を保ち、先程の襲撃はまるでもとから存在しなかったかのように、自分と彼女の周囲はつつがなく祭りを続けている。どこからか聞こえてくる笛太鼓の音に乱れはなく、人々の足取りに乱れはなく、煌々とした提灯の灯りは一切の揺らぎがなく。ちらりと横目で見た往来の様子は彼女にとって恐怖の対象となりはしないだろうか。瞳に移す赤い歯型がなにか負い目を感じさせてはいやしないだろうか。「…ここにいるのもなんだし、いっそ俺の家に来る?縁台よりも遠くなっちゃうけど」ついとそらした視線の先、ひび割れから細かな破片の飛び散った林檎飴を感情なく見下ろしてはあまりにも危うい提案を )
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