鬼娘 2021-09-05 10:06:47 |
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(くっそ、やられた!と気付いたのは既に鬼月が声を上げた後だった。この時ばかりは周りに無関心を貫いてた自分を呪いたくなったが、そうおちおち落ち込んでいられなかった。その瞬間、沸き起こった怒涛の心の声に身構えなくてはいけなかったからだ。悲鳴のようなそれは大小の差はあれど、込められた意志はほぼ同じ。困惑と驚愕だ。協調性が限りなくゼロに近い自分だが、この時ばかりはクラスと一致団結していた。
静かに爆発したクラスメイトたちの声に飲まれそうになりながら、なにやってんだお前!?と件のヤベェ美少女を見やる。諸悪の根源である女は、くだらないことで顔を赤らめてモジモジしていた。ぶっ飛ばすぞこのアマ、と血圧が一気に上がるのを感じたが、大人数の前で『旦那様』と呼ばなった良識に免じて、怒鳴りつけてやるのはやめておいてやる。まぁ元より口に出すほどの度胸はないんだが。)
あ、あの……
(一応は抗議の声を上げ、教団のほうに目をやれば、能天気な教師が「おっそうか!じゃあ決まりだな!」と委員長に役職を書き出すよう促していた。話を聞かない奴ばっかりで辛い。唯一夏樹の意思を気遣ってくれそうだった真面目そうな委員長でさえ、教師の圧に屈し申し訳なさそうにチョークを黒板に滑らせてしまった。かくして"鬼月 みやび"と"九段 夏樹"の名前がめでたく"美化委員"の下に並ぶこととなったのである。残念ながらめでたいと思ってるのは教師と鬼月だけで、教室の5割は不満に思い、3割は好奇心を刺激され、残りの2割は程よく無関心であったが。
──納得いかないならもっと強く反発してくれ。誰かが反対してくれたら俺も辞退しやすいから!
そんな願いも虚しく、ただただチクチクとした視線が刺さるばかりだった。鬼月と対立して嫌われるリスクを背負ってまで物申したい奴はなかったらしい。かくいう夏樹も、鬼月の信者に『みやび様のご好意を無碍にするのか!』と絡まれるのが嫌で黙っている。これが所謂"詰み"ってやつか──)
(残りの時間は窓の外を眺め、ひたすら現実逃避に勤しんだ。グラウンドを走る先輩たちの姿を見て、一限目から体育とかお疲れ様です、と自分のことは棚に上げてエールを送ってみたり。やたら大きな、恐らく人外の類であろう赤毛の先輩がクラスメイトを蹴散らしながら全力疾走するのを見てドン引いたり。花壇が綺麗に手入れされてるな、と関心したりしながら、クッソ近い距離にいる鬼月を無視し続けた。
この一ヶ月半で学んだことがあるとすれば、隣の彼女に少しでも構うと、なんでもどえらいポジティブに解釈されて彼女が付け上がるということだった。だから極力関わらないように素っ気なく対応してきたが、相手は空気が読めないらしく一向に離れていく気配はない。むしろ行動が悪化している。なら、どうするべきか。
分からないなら分からせてやろうホトトギス、といった感じで、チャイムが鳴って教師が出て行くと、意を決して鬼月の方を振り向いた。うわ近っ。)
……あー、
(自慢ではないが、女の子と目を合わせて会話したのは幼稚園の頃が最後だ。しかも今、目の前にいるのは性格に難がありすぎるが仮にも美少女。目が泳ぐのを感じながら、ここで負けたらもう二度と平和な日常は訪れない、と己を奮い立たせ)
あの、鬼月さん……
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