怪談語り部 2021-04-06 21:02:16 |
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怖い話?悪いが、大した話は知らないな。
(ふわふわした鼠色の髪を高いところで結い、耳の上には巻いた角、深紅の瞳はややつり目、口元からは鋭い犬歯が覗くが、頬はふっくらとしており、あどけなさを感じさせる輪郭、濃い緑の着物がよく似合う、10代前半くらいの子がきょとんとした表情で口を開き。だが、室内に並ぶ無数の蝋燭を一瞥し、漂う異様な雰囲気も察すれば、腕を組み「…ふぅん、まぁでも、そういう部屋なんだな。本当に大した話は知らねぇんだけど」と語り出して)
この寺の近くに川があるだろ?…知らない?小さな川。
あの川がさ、どこから流れているか知っている奴はいるか?
…向こうの山から流れているんだ。途中で滝があるんだけれど、そこの主が龍神でね、私の親父なんだ。え、お前、人間じゃないのかって? そんなの見れば分かるだろ。普段、どこにいるのかは秘密だ。
とにかく、だから私は山育ちなわけ。遊び場も勿論山。だけれど、遊び歩いている時も親父の言いつけで周りに目は光らせているんだ。この山で皆が安心して過ごせるようにってね。
でも、その私でも'入っちゃ駄目だ'と言われてる場所があってさ。全然危なさそうには見えないんだけど、茂みの中に四本、細くて侘しい色の棒が刺さってて、どこにいるんだろう、古びて変色した紐で囲われている場所。大人なら3人くらいまで入れるかなって程度の広さなんだけれど、囲われてなかったら周りと変わらない、一見ただの茂みさ。
なんで入ったら駄目なのかは知らないけれど、私は今まで言われたことは守っていたんだよ。でも、この前の新月の日、夕暮れ近くまで遊んで、その変なスペースの近くを通ったら、見たんだ。どこにいるんだろうな、西日の逆光で輪郭だけだったけれど、囲いの中で3~4人分の真っ黒な腕が激しく動いているのを。もがくみたいな動きで、何か一生懸命掴もうとしているような動作だった。
なんだありゃって思って近付いてみたら、あぁあぁって呻き声も聞こえてきてね。どこにいるの?そうこうしているうちにも腕はどんどん増えて、関節がおかしいのや妙に長いのも出てきた。動きはどんどん苦しそうになっていった。腕はどんどん増えていった。
なんだか可哀想に思えて、囲いの手前まで行ってみたんだよ。そしたら、背の高い茂みの草の間から囲いの中が見えてね、あぁあぁあぁあぁ呻きながら、うぞうぞ動き回る真っ白な頭が沢山あるのが分かった。あぁあぁ!とかたまに大きな声も出して、地面から首を出して、どこにいるの?目鼻や口は真っ黒な空洞だったが、何か探しているみたい。あぁあぁ言って、かと思えば、沈みそうになって。
あぁあぁ、あぁあぁ、たすけて、って聞こえた。
あぁあぁ、たすけて、ってずっと。
たすけてたすけて、って。
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて、
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて、
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて、
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて、
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて、たすけて、
全員が一度にこっちを見たんだ。
さすがにびびって逃げたよ。
あれ多分、溺死して、魂を水底に囚われている連中の霊なんだろうな。…この話、人間にはするなよ? 悪い影響があったら困るからな。…知ってるかな、溺死者の霊は特に引き込む力が強いらしい。本来、何かを掴めたら助かったわけだからね。だから、どこにいるの?見つけた相手への執着が強いんだって。
…正直、私もあれ以来、ずっと視線を感じるようになって困っているんだけれど。記憶の残像だといいんだけれどね。
(その子は、陰から覗く白い顔が空洞の瞳はそのままゆっくり微笑む様に気付くこともなく、ふぅっと蝋燭を一本吹き消した)
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